AoiMoeのおはなし

アイカツロス症候群のリハビリ活動二次創作

星宮いちご、結婚します! ~ 幕間劇③

星宮いちご、結婚します! ~ 神崎美月編 - AoiMoeのおはなしの続きだよ。

レッスンの後で

「ふう……今日はここまでにしましょうか」

「そうだね。おつかれ、美月」

「おつかれさま、みくる」

いちごちゃんたちが帰っていってから、あたしたち二人も日常に帰ってきて、今この時までWMのレッスンを続けていた。もう日もとっぷりと暮れてしまってる。

「それにしても、いちごちゃんにはビックリだね」

「ええ。……でも、何かそれも、いちごらしいじゃない」

「そうだねー。……そうだ、あたし、まだ美月にも話したことがない目標が一つあるんだ」

「何かしら」

「それはね……30歳までに結婚する!」

「あら、意外、みくるにも結婚願望があったのね」

「えー、ひどいー、あたしだって、綺麗な花嫁さんに憧れる、乙女な一面があるんだからー」

「うんうん、みくるは乙女よね」

「なーんか引っかかるなあ……。でも、もし、30歳までに結婚できなかったら……」

「できなかったら?」

「美月、あたしのこと、一生養って!」

 

星宮いちご、結婚します! ~ 神崎美月編

潮の香りに包まれて

「お待たせしました、ワッフル10個です」

「うん、ありがとう!」

「いつもありがとうございます」

「また来るねー」

いつものワッフル屋さんで差し入れを買って、すぐ隣の倉庫に入る。……見た目はタダの倉庫だけれども、ここに美月が事務所を構えてから、もう8年になる。

「ほのかっち、おっはよー」

「あら、みくる、今日は少し早いのね」

「うん、いつもより道が空いてて、配達が早く終わっちゃったから」

「美月も、もうすぐレッスンが終わると思うから、上がって待ってたら?」

「うん、そうするー」

階段を上って、二階のレッスンルームに向かう。

~♪

Take Me Higher》の最後のキメが聞こえてきた。どうやらトライスターのレッスンが終わったようだ。

(がちゃっ)

「やっほー、美月」

「みくる、おはよう。ちょうど今、レッスンが終わったところよ」

「かえでとユリカも久しぶりだね」

「Oh、みくる、元気してたー?」

「みくるさん、お久しぶりです」

「はい、これ差し入れー」

ワッフルの箱をテーブルに置いて展開する。

「わあ、いつもありがとう」

「二人も食べて食べて」

この後、休憩を挟んで、あたしと美月のユニット、WMのレッスンをすることになっている。美月は例によって忙しく世界中を飛び回っているので、二つのユニットのイベントが重なっている時には、こうして一日の間で続けてトライスターとWMのレッスンをすることも珍しくない。これが今のあたしたちの日常だ。

「さっきのターンはこうやって……」

休憩中に、美月がレッスンのダメ出しをするのも、いつものこと。

「美月、ここはもっとこうして……」

「あら、かえで、むしろそこはこうじゃなくって?」

美月の一年後輩のこの二人も、いまや頼もしくなって、美月にいろいろな提案をするようになったのも、いつものこと。

「もう、三人とも、レッスンは終わったんじゃないのー」

……でも、この日は、いつもと違うことが起こったんだ。

(がちゃっ)

「おつかれさまでーす」

そう言って入ってきたのは、星宮いちごちゃん。

「あら、いちご。ここに来るなんて珍しいわね」

「このタイミングなら、ちょうど美月さん、レッスンの合間の休憩時間だよって、あおいが教えてくれたんです」

恐るべし、霧矢あおいちゃんの情報網。

「実は、美月さんに報告がありまして……」

「あら、何かしら」

「私、こんど結婚するんです」

……

「「ええーーーー!?」」

少しの沈黙の後、ユリカとかえでの驚く声が重なった。

「結婚って、いちご、あなたいつのまに……」

「Marriage? Really?」

「うん、ホントホント」

二人に向けてニコニコするいちごちゃん。そして、目を丸くしながらそんな三人の様子を眺めていた美月は、

「驚いた……いちごにはいつも驚かされてばかりね」

と言って、少し微笑んだ。

「えへへ、やっぱり美月さんには直接報告したくて」

「こんな素敵なことはないわね。……それじゃ、改めて、いちご、おめでとう」

「Congratulations!」

「このユリカ様も祝福してあげないこともなくもなくもなくってよ」

「ほえー……いちごちゃん、おめでとうね」

若干状況に付いていけず、ちょっと間抜けな声を上げてしまった。

「みなさん、ありがとうございます」

深々とお辞儀をする。

「それで、いちご、結婚してもアイドルは続けていくんでしょ?」

「やっぱり分かっちゃいましたか。はい、これからも頑張ってアイカツしていきます」

「ふふっ。でも、結婚となると、いろいろと難しいこともあるんじゃないかしら」

「はい、織姫学園長からも同じことを言われました。でも……」

「どんな困難でも乗り越えていく……のよね。やっぱりいちごはそうじゃないとね」

「はいっ」

困難……。

「そうだ、いちごちゃんに良いものをあげる」

そういって、あたしはカバンの中から、大輪の青紫色の花を取り出した。

「これは……?」

「ムーンサファイア。カーネーションの一品種なんだけどね、青いカーネーションっていうのは本当に珍しいの。うちでは育ててないのだけれども、これで作ったブーケが欲しいってお客様がいたから切花を取り寄せたのよ。それで、一輪余ったから、このレッスンルームに飾ろうと思って持ってきたんだけど……。でも、これも運命だね。この花は、今のいちごちゃんにぴったり」

「というと?」

「青いカーネーションを咲かせる方法は、いくつかあるのだけど、どれもすごく難しいの。その困難を乗り越えて咲いたこの花に付けられた花言葉は《永遠の幸せ》。だから、これは結婚式のコサージュやブーケの定番なのよね。……ちょっと待っててね。じゃあ、みくるのミラクル、見せちゃおっかな」

道具箱を取り出して、花を加工する。

「……さてと、こんなもんかな……」

5分ほどで、髪飾りに仕立て上げた。

「いちごちゃん、こっちに来て」

右のこめかみの少し後ろ側に取り付けてみる。

「Amazing……」

「すてき……」

興味津々といった表情で眺めるかえでとユリカ。

「うん、こんなもんかな」

 我ながらよくできたかも。

「うわあ……」

レッスンルームの姿見で、自分の姿を確認したいちごちゃん。

「こんな素敵なプレゼント、本当にありがとうございます」

「いやあ、喜んでくれて、うれしいなあ」

この瞬間のために、あたしはお花屋さんをやっているんだと、改めて実感した。

「ねえねえStrawberry、それで、どんな人と結婚するの?みんな知ってる人?」

「んー、一般のサラリーマンだから、今度みんなにも紹介するね」

「いちご、そんな人とどこで知り合ったのよ。教えないと、血を吸うわよー」

「きゃーーーー」

……と、そんな感じで、楽しい休憩時間になりましたとさ。

 

星宮いちご、結婚します! ~ 幕間劇②

星宮いちご、結婚します! ~ 学園長室にて - AoiMoeのおはなしの続きだよ。

学園長室にて~その後

いちごたちが報告と打ち合わせを終えて帰った後の学園長室。

「それにしても学園マザー、こんなに早くスター宮が結婚するなんて、予想外でしたね」

「そうね。……とはいえ、星宮がスターライト学園に編入してきてから、もう10年にもなるのね」

「月日が経つのは早いものです、YEAH!」

「その間、星宮たちや大空たちのような幾多のトップアイドルを育てることができて、私たちは本当に幸運だった。途中、ライバル校としてドリームアカデミーが設立されたり、必ずしも順風満帆とは言えなかったけれど……」

「あれえ、どうしたんですか学園マザー、これからも我々は新しいアイドルを育てていかないといけないんですから、過去を振り返るのはまだまだ早いでしょう?」

「ふふ、そうね」

「それに、そのうちスター宮にも子供ができるでしょうし、もしその子が女の子なら、きっとこのスターライト学園に入学してくるでしょう。……想像してみてください、その子がスター宮と同じくトップアイドルを目指すところを」

「確かに、それは霧矢先生が言うところの穏やかじゃない夢ね」

「はい。……でも、考えてみると、スター宮はミヤさんの娘で、つまりはアイドル・マスカレードの娘とも言える訳だ。ということはスター宮の娘は……」

「……別府先生(ギロリ)」

「わーーー、ごめんなさいごめんなさい学園グランマ!」

「もうっ。……まあ、それはまだ先のことではあるでしょうけど、でも、楽しみね」

「全くです」

「じゃあ、それまでの間、私たちは新しいアイドルたち、それに……」

「新しい指導者も育てていかないといけない、でしょ?学園マザー」

「ええ」

星宮いちご、結婚します! ~ 幕間劇①

星宮いちご、結婚します! ~ 大空あかり編 - AoiMoeのおはなしの続きだよ。

あかりちゃんちから帰った日のこと

「そういえば、さっき、あかりちゃんちに行って来たんだけどね、あかり、大学でも頑張ってるみたいだったよ」

「気象学だっけ……理系は大変そうだなぁ」

「あおいも大学行ってたけど、文系だったもんね」

「文系だって大変といえば大変だったけどね。特に、私たちみたいに、忙しい仕事の合間に大学に通うのは、本当に大変。でも、理系の子たちは大学に通うだけでも大変そうだもん。それに、周りは男の子ばっかりで、あんまり女の子いないみたいだし」

「そういえば、あかりもそんなこと言ってたなー。男の子たちはあかりがアイドルだって気づいてないみたいで、あんまり話しかけてこないって言ってたよ」

「……あのね、いちご」

「ん?」

「それは、気づいてないんじゃなくて、気づいてるけど高嶺の花だと思って話しかけることができないだけだから」

「えっ、そうなの?」

「うーん、そっかー。いちごはしょうがないとしても、あかりちゃんも、しっかりしているようで、けっこう天然なところがあるもんなぁ……」

「むー」

「理系の男の子たちは、そういうもんよ」

悲しいなあ……。

星宮いちご、結婚します! ~ 学園長室にて

学園長室にて

(コンコン)

「失礼しまーす」

(ガチャッ)

「……あら、星宮、久しぶりね、いらっしゃい」

「織姫学園長、ご無沙汰してます」

織姫学園長とは現場でよく会うものの、この学園長室に来るのは卒業して以来かもしれないな。

「OH! スター宮ハニー、聞いたぞ、霧矢ハニーから」

「別府先生、もう『霧矢ハニー』は無いんじゃないかしら」

「おっと、そうでした学園マザー」

「まあそれは置いといて……。星宮、今日はその件で来たのよね」

「はい……すみません、本当なら私から直接お伝えしないといけなかったのに」

「いいのよ。星宮も忙しい身なのだし、状況判断としてはむしろ適切だった思うわ。気にしないで」

この前、あおいと蘭に結婚の報告をした後、急に地方ロケが入ってしまい、織姫学園長との面会のスケジュール調整が付かなかったのだけれども、そのことをあおいに相談したら、

「こういうことは、とりいそぎ耳に入れておくことが重要だと思うの。学園長にはひとまず私から伝えておくから、いちごは後日報告に行くようにね」

という話になったので、今日こうして学園長室に来ることになった。

「という訳で、改めまして、星宮いちご、このたび結婚することになりました」

深々とおじぎをする。

「おめでとう。でも、ちょっと急でびっくりしたわよ」

「私も自分でちょっとびっくりしています」

「スター宮ハニーは、昔から直感で動くタイプだったからな、YEAH。今回もビビッと来たのか?」

「はい、ビビッと来ちゃいました」

「ふふ……日程的にあまり余裕はないけれど、その辺の調整はおいおいするとして……」

「はい」

「星宮、私が以前、あなたたちに言ったことを覚えているかしら?」

「ええと……アイドルと恋愛について、ですよね」

「そう。あの時も言ったけれど、私は、アイドルが恋愛しても構わないと思っているわ。でも、あなたのフアンの中には、それを悲しんで、離れていってしまう人もいるかもしれない。星宮、あなたにはその覚悟ができているかしら?」

「はい。……実は、ここに来る前、ずっとそのことを考えていました」

「あなたの考えを聞かせて頂戴」

「……確かに、悲しませてしまうファンや、離れていってしまうファンの方がいるのならば、それは私としても辛いことです。ですが、一方で、結婚することによって、一歩成長した、一味違う星宮いちごを見せられれば、そのことによって、ファンのみんなにも、改めて元気をあげられると思うんです」

「あなたはただのアイドルではなくて、トップアイドル。それがそんなに簡単なことではない、ということは、ちゃんと理解しているわよね?」

「はい……。でも、いつもそうやって、難しいことを乗り越えて来ましたから、今回もきっと、大丈夫です。それに、私は、いつも一人ではありませんでしたから」

「ふふ。……そうね。あなたの周りには、自然と人が集まってくる。あなたのことを応援したいって人が。……私も含めてね」

「OH!もちろんこのジョニー別府もだぜ、YEAH!」

「ありがとうございます、織姫学園長、ジョニー先生」

(コンコン)

「失礼します」

そう言って入ってきたのは、あおいと涼川さん……じゃなくて、涼川先生だった。

「あら、霧矢先生、今日は授業のある日だったかしら?」

「いえ、今日はいちごの件で同席しようと」

あおいは今、このスターライト学園で先生をやっている。といっても、アイドルの仕事もあるので、週2回だけ、……えーと、なんだっけ、ちゃぶだい教員だっけ……

「コホン……嘱託教員ね」

私の心の声にツッコんでくれるあおい、さすが!……というわけで、嘱託教員として、後輩の指導をしている。ドラマにバラエティに歌に大活躍、今やトップアイドルの一員となっているあおいが実践的な指導をしてくれるということで、在校生には非常に評判がいいらしい。

「それにしても、あの星宮が、こんなに早く結婚するなんてな。とりあえず、おめでとうな」

「ありがとうございます、涼川先生」

「じゃ、久々に星宮の顔も見られたし、おめでとうも言ったので、俺は教室に戻るから」

わざわざそれを言いに来てくれたらしい。

「さて、じゃあ霧矢先生も来たことだし、この後の日程について、話し合いましょうか」

「はい!」

「まずは……」

 

星宮いちご、結婚します! ~ 大空あかり編

ここからは、前回(いちご、結婚するってよ - AoiMoeのおはなし)の落穂拾い的な奴。星宮先輩がいろんな人のところに結婚の報告に行く体です。

大空あかり編

(ピンポーン)

「……はーい、って、星宮先輩?」

インターフォンごしに馴染みのある声が聞こえてくる。

「夜分遅くごめんね、ちょっとお話があるんだけど……」

「ちょ、ちょっと待ってください、今開けますね」

(パタパタパタ、ガチャ)

「星宮先輩、こんばんは」

「こんばんは。こんな夜遅くに悪いんだけど、いま、ちょっと時間あるかな?」

「ええ、この後はもう、お風呂にでも入って寝るだけですから。あ、玄関先で立ち話も何ですから、上がってください」

「ごめんねー、じゃあちょっとお邪魔しまーす」

スリッパを勧められ、パタパタと歩いてリビングに案内される。

「じゃあ、今お茶を入れますんで、そこに座っていてください」

「おかまいなくー」

しばらくして、ティーセットを持ったあかりが戻って来た。

「お待たせしました」

「ありがとうね。この部屋に来るのも久しぶりだなー。そういえば、今日はスミレちゃんは?」

「えーと、お仕事で遅くなるみたいで。慣れない仕事で大変みたいです」

ポットやカップを並べながら答える。

「あー、もしかして、例の『氷上スミレ、声優初挑戦!』って奴?」

「はい、それです。やっぱり、普通のお芝居なんかとは勝手が違うらしくて、何度もリテイクを食らってしまうみたいで。毎回遅くまで収録してますね」

「私もあのアニメの第一話を見てみたけど、それにしても、あの役、スミレちゃんにバッチリはまってるよね。元はお金持ちのお嬢様で、今は没落してしまったものの、いかにもお嬢様って感じの上品な話し方が、スミレちゃんにぴったり」

「見た目も、紫髪で、長髪のストレート、そして前髪パッツンですもんね」

「ああいうの、姫カットって言うらしいよ」

「へー、そうなんですね。そういえば、スターライト学園で出会った最初のころ、スミレちゃんも……」

という感じで、しばらく他愛もない雑談をしていた。

「ところで、星宮先輩のお話って……」

「ああそうそう、ごめんね、長々と関係のない話をしてしまって」

「いえ、私も楽しいですから」

「実はね、このたび、わたくし、星宮いちごは、晴れて結婚することとなりました」

……一瞬の沈黙。

「え、ええーーーーーーーーーー!!??」

例の大げさな驚き方をするあかり。

「もう、あかりは大げさだなあ」

「け、結婚ですか。それはまた急な……」

「うん。まだ出会って半年くらいなんだけど、結婚するならこの人だなーって思っちゃって」

「す、すごいですね……」

「まあ、みんなすごく驚くよね。驚かなかったのはうちのママくらい」

「でも、すごく星宮先輩らしくていいと思います!」

「ありがとね。やっぱりこの話は、あかりには直接話したくって、こうして今日はお邪魔したんだ」

ちなみに、あかりの家は私たちの家の下の階にある一室で、スミレちゃんと一緒に暮らしてる。私たちソレイユが卒業後にルームシェアをしたら、その話が学園中に広がってしまって、今では卒業後に同じようにルームシェアをする子たちが増えちゃった。これもまた伝統。このマンションはスターライト学園の隣接地にある一棟で、私たち以外にも多くの学園出身者が住んでいるので、巷ではアイカツマンションって言われてるらしい。

「そう言っていただけるとうれしいです。それで、星宮先輩、お相手の方はどういう?」

「まあその話はおいおいするとして……それにしてもあかり、また私のこと『星宮先輩』って呼んでる」

「だ、だって、あれは期間限定のユニットだったので、呼称も期間限定かなと……先輩は先輩ですし、呼び捨てにするのは気まずいというか……」

「えー、よそよそしいよー、ちゃんと『いちご』って呼んでよー」

「す、すみません、じゃあ失礼して……いちご!」

「うんうん、そうじゃないと」

「うう……」

でも、《紫色の視線》が怖いから、「星宮先輩」でもいいか……。

「え、何か言いました?」

「ううん何でもない。そういえば、最近、大学の方はどう?」

「ええ、お仕事との両立は大変ですけど、頑張ってやってます。どんなことにも一生懸命頑張るのが、私のとりえですから」

「そっかー。私は大学には行ってないからなあ。うちのあおいも大学に通ってたけど、やっぱりレポートとか多くて大変そうだったもんなー」

「そうなんですよぉ。それに私は理系なので、実験やら演習やら、そういう実際に手を動かさないといけない授業も多くて」

「お天気の勉強だっけ?」

「ええ。正確には地球惑星物理学科って言うんですけど」

「すごいよねー、私には、もうその名前からしてチンプンカンプン」

「えへへ……都内には、他にあんまり気象の勉強ができる大学が無かったのと、パパが務めている大学でもあったので、すごく頑張って入試勉強して、かなり無理して入りました」

「理系だと、やっぱり周りは男の子ばっかり?」

「ええ、まあ、気象関係は女の子もそれなりには居るんですけど、やっぱり圧倒的に多いのは男の子ですね。スミレちゃんにも『いい、あかりちゃん、あなたはアイドルなんだから、周りの男の子たちには気を抜かずに注意するのよ!』って言われました」

「うははは」

「でも、意外と男の子たちはみんな私がアイドルだと気が付いてないみたいで、あんまり話したことはないです。女の子たちとは普通に仲良くなってますけど」

「そっかー。……そうだ、男の子といえば、あかりにはそういうの無いの?」

「えっ、そういうのって……」

「もちろん、好きな男の人とか、いないの?……って話」

「えー、居ませんよ、そんな人」

みるみるあかりの顔が赤くなる。

「ふーん。……じゃあ、瀬名さんとかどうなの?」

ボッ、と音を立てて、あかりの頭から湯気が出た……ような気がした。

「い、いえ、瀬名さんとは普通にお仕事上の関係で全然そんな感じじゃ……」

「えー、そうかなあ……。そういえば、こないだお仕事の打ち合わせで、天羽さんと一緒にドリーミーロッジに行ったんだけどね」

「はい……」

うつむきつつ上目づかいにこっちを見てくるあかり、ちょっと可愛い。

「その時、瀬名さんの作業机の上をチラッと見たら、あかりの写真が飾ってあって」

「……ええーーーーーーーーー!!!!」

また例の大げさな驚き方をするあかり。

「だから、瀬名さんも、その、まんざらでもないんじゃないかなあ、って思ってたんだけど」

「そそそそそそ、そんな……た、多分仕事の参考に見ていただけなんじゃ……」

「えー、でも、仕事の参考に、私服で満面の笑顔のあかりの写真を飾ったりするかなあ」

「……瀬名さん……」

「その感じだと、あかりもまんざらでもない感じだね」

「……うーーー……」

「それじゃあ、わたくし、星宮いちごが、一肌脱いで、恋の指南でも……」

(がちゃっ)

「ただいま帰りましたわ。ふう、今日も一日大変でしたわ。あら、あかりさん、誰かお客様ですの?」

「あっ、スミレちゃん、お帰りー。今ね、星宮先輩が来てるんだ」

「スミレちゃん、おじゃましてまーす」

「あっ、いちご様でしたか、このところ御無沙汰していて申し訳ありません」

「……スミレちゃん、何か話し方がおかしいよ」

「……あっ、ごめんあかりちゃん、つい、さっきまでやってたお芝居のしゃべり方が出ちゃって。星宮先輩もすみません」

「んもー」

「フフッヒ」

「それでね、スミレちゃん、今度、星宮先輩がねー」

「あ、あかりちゃん、その話は私から直接……」

こうして夜は更けていった。

いちご、結婚するってよ

前口上

少し前にTL見てたら、珠月まや先生()が「アイドルその日に(http://www.pixiv.net/member_illust.php?illust_id=56284627&mode=medium)」ってIF漫画を描いていて、要するに星宮先輩が今度結婚することになったので、霧矢先輩が心中穏やかじゃないことになっちゃうお話なのだけれども、私としてはきっと、あの三人はずっと結婚せずにキャッキャウフフして生きていくんだろ、と思ってはいるものの(それは予見ではなく単なる願望だ)、でもまああの三人の中ではいちごがさっさと結婚しちまいそうだというのも確かだし、「星宮いちごが結婚するとソレイユはどうなるのか」という「お題」は非常に興味深くて面白いと思うので、こういうのには乗っからずにおくべきか、というわけです。

というわけで、私なら「こうなるんじゃないかな」と思うIF話。

 

いちご、結婚するってよ

「ヴェアアアアアア、いちごぉ、いちごぉ、何で結婚しちゃうのよぉぉぉぉ……!!」

「おい、あおい、ちょっと落ち着けって」

今のあおい、アイドルにあるまじき顔と声してたぞ。

「うん……。いやっ、これが落ち着いていられますか蘭さん!……ううううう……」

困ったことに、さっきからずっと、この調子で泣きわめいている。

「やだ、いちご、お嫁に行っちゃ嫌だよう、うわああああん!!」

「ほら、分かったから、まずはウーロン茶飲みな」

「……ぐすっ……ぐすっ…………うん……」

……いちご、助けてくれえ。

 

あたしとあおい、今では普段一緒に食事をすることもないほど忙しいのだけれど、今日は珍しく二人とも早上がりだったので、あおいの方から

「じゃあ久しぶりに家でプチパーティでもしよっか、ちょっと積もる話もあるしね」

って言ってきた。平たく言えば二人で家飲みだ。別に異存もなかったので、駅で合流して、途中のスーパーで酒を買い込んでから帰ることにしたのだった。

「おいおい、ずいぶんといっぱい酒を買うんだな、大丈夫か、こんなに買って」

「大丈夫大丈夫、今日はちょっとガッツリと飲みたい気分だし、余ったら冷蔵庫にでも入れておけばいいんだから。お酒は腐らないでしょ」

酒が満載されたショッピングカートを押しながら、ちょっとテンション高めなあおい。

「まあ、賞味期限はあるけどな……で、つまみはどうするんだ?」

「ああ、おつまみはね、特に買わなくても、いちごがいろいろおかずを作って冷蔵庫に入れておいてくれたみたいだから、それで十分じゃないかな。それに、わかめとか、めかぶとか、乾き物みたいなのは蘭がいっぱい持ってるじゃない」

そのいちごは、しばらく地方ロケで戻ってこない。こういう時、いちごは時間が許す限り、あたしたちのために日持ちのするおかずを作り置きしてくれる。

「うん、こんなもんでいいわよね。じゃあ、ちょっとお会計してくるから、蘭は外で待っててよ」

「いやいや、この量は一人では持てないだろう。あたしも一緒にいくよ」

「……ああ、そうよねそうよね、ちょっとこれは無理か。ありがとね、蘭」

 

話の発端は、一週間ほど前に遡る。例によって、夜遅くバラバラに帰ってきたあたしたち三人は、お風呂なんかを済ませた後、三々五々リビングに集まって、特に何か話すでもなく、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。そして、さあそろそろ寝ようか、という雰囲気になったころ、いちごが

「ちょっと二人に話すことがあるんだ。そこに座って座って」

と言って、あたしたちをダイニングテーブルの向かい側に座らせた。

「実は私、今度結婚することにしました」

あおいとあたし、顔を見合わせる。

「「ええー!?」」

少し間があいたあと、二人の声がハモった。

「ってことは、いちご、ひょっとして、こないだ話してくれた……」

「そうそう」

「……そっかー、ついにいちごも結婚かー。これは全くもって穏やかじゃないわね。おめでとう、いちご。いちごの親友として、そしてファン一号として、祝福しちゃうんだから」

「ずいぶんと急で、ちょっと驚いたけど、あたしからもおめでとうな、いちご」

「ありがとう、あおい、蘭」

ここで、あおいの表情が少し曇る。

「あっ……、もしかして、アイドルは……」

「ううん、それはちゃんと続けていくよ。彼のことも大事だけど、それと同じくらい、アイドルのお仕事も私のなかでは大切。えーと、こういうの、二足のわらじって言うんだっけ?」

「何かちょっと違うような気もするけれど……。もう、いちごは欲張りなんだから」

「フフッヒ」

「それでそれで?式の日取りは?」

「うーんとねー、まだ当分先なんだけど……」

……とまあ、そんな感じで、あおいも心から、いちごのことを祝福していたように見えたのだけど。

 

陽が西に沈みかけ、空が赤く染まるころ、スーパーから家に帰ってきて、二人とも部屋着に着替えたあと、まさにその結婚報告が行われたダイニングテーブルに、つまみを並べる。いちごがいた側にあおいが陣取り、こっち側にあたしが陣取っている。

「じゃあ、えーと、本人はいないけど、いちごの結婚を祝して……」

「「かんぱーい」」

もう二人とも歳相応にプライベートでは手を抜くことを覚えてしまっていて、缶のままのサワーを軽くぶつけ合う。もちろん、衆目のあるようなところではこんなことはしないけど。特にあおいは外で一切スキを見せるようなことはない。スターライト学園に通っていた頃は、アイドルがらみの話となると見境がなくなるというか、しばしばキャラ崩壊寸前までミーハーを爆発させていたけれど、今は決してそんなことはない。……少なくとも外では。この家の中では……まあ察してくれ。アイドルグッズは遂に家には置けなくなったので、大きな倉庫を借りてそこに置いている。ちなみに、美月さんの事務所の隣だ。月影さんに紹介してもらったらしい。

あたしだってもちろん、ファッションモデル紫吹蘭としてのイメージを大切に守って行動しているが、あおいはこのところクールさに磨きが掛かってきたし、そのキャラ作りの徹底っぷりではあたしも敵わないようなところがある。多分、あたしとは背負っている責任の大きさも質も全く違う立場に置かれていることが、あおいをそうさせているのだろう。

でも、あたしやいちごしかいないところでは、子供のころのようなあおいが姿を現す。

「そうか、もうここで三人で暮らし始めて5年か……」

「そうね。……ふふっ」

「どうした?」

「いやちょっとね、スターライト学園の卒業を目前にして、寮を引き払った後にどうしようかって話をしてたときのことを思い出しちゃって」

「……忘れた」

「えー。だって、あの時は蘭が『それで、お前ら……どうすんだ?(声マネ)』とか聞いて来たから、いちごは『あー、私は実家が近いから、お弁当屋の看板娘兼アイドルかなー(捧)』だし、私もそれに合わせて『うちもそろそろパパとママが寂しがってるみたいだから、一旦実家に戻ろうかなー(捧)』って言ったら、蘭、『そ、そうか……(声マネ)』ってちょっと涙目になっちゃって」

「……忘れた」

「ふふっ、蘭ちゃんは私たちと一緒に暮らしたかったんですよねー」

「ああもう、いちごもあおいも、すぐそうやってあたしのことをからかうんだからなあ。そうだよ、だって、仕方ないだろ、いちごとあおいは同じ部屋で6年間……いや、いちごが一年アメリカ行ってたから5年か……」

「編入組だから4年半」

「そうか、まあともかく、二人は編入から卒業までずっと一緒の部屋で寝起きしてたのに、あたしだけソレイユのなかで一人、別の部屋だったし。そりゃあ、同じ寮だから、一つ屋根の下には居たけれどもさ。でも、機会があったら一緒に暮らしたいと思ってたし、卒業したらそれが出来るようになるって思うじゃん。あと蘭ちゃんって言うな」

「あれえ、あの時はいちごが続けて『と、思ったけど、やっぱり三人でルームシェアしない?』って言ったら蘭さん、一瞬ぱあっと明るい表情を見せたかと思ったら、すぐに澄ました顔で『あんたたちと寝起きまで一緒だと疲れそうだから、別々でいいよ』とか言ってませんでしたっけ?それを私たちが二人で蘭をなだめすかした、という体で、こうして三人で住むことになったのよね」

「『体』って言っちゃってるし。分かっててあたしのことをいじってくるんだから、二人とも人が悪いよなぁ」

「うん、分かってた。それにね、蘭が私たちと一緒に暮らしたいと思っていたのと同じく、私やいちごも、やっぱり蘭と一緒に暮らしたいと思ってたしね」

「うん。でもまあ、『寝起きまで一緒だと疲れそう』ってのは本心でもあったけど」

「さすがに大人になってからも寝室まで同じって訳にもいかないから、そこは蘭さんの意見に配慮したという体で別々の部屋になりました」

「はいはい」

「……あの頃は楽しかったなあ」

急にしみじみとした表情をするあおい。

「そうか、あたしは今も三人で楽しいけど」

「私も。……でも、それももうすぐ終わっちゃうんだ」

「どんなに楽しいパーティも、終わらないってことはないからな」

「うん……」

 

……と、最初の方は、ごくごく普段と変わらない調子で話をしていたのだが、段々とあおいのメートルが上がっていったのだった。あたしとあおいは何度も仕事関係の酒席で一緒になっているが、今まであおいが酔っているところを見たことがない。当然、あたしも外では酔っているようなそぶりを見せたりはしないが。そういうときに、真っ先にヘロヘロになってしまうのはいちごで、あたしたちはそれを介抱するという口実で、三人で抜け出して帰ってきてしまうことが多かった。あるいは、こうやって、この家でパーティをやっている時も、多少テンションは上がっても、とりたてて酔うようなことはない。ましてや、酔いつぶれてしまったあおいなんて想像もできない。だから、あおいはどんなに飲んでも酔って潰れたりはしないものだと思っていた。あたし自身は、酔ったそぶりを人に見せないだけで、たくさん飲めば酔う。ただ単に、飲んでるようにみせかけて実際には大して飲まずに済ませる立ち居振る舞いのコツを身に付けてるだけだ。

「あーもう、私も結婚しちゃおうかなぁ」

ずいぶんと唐突だ。

「結婚って、誰かそういう相手でもいるのか?」

「いるわけないでしょ。あのね、蘭、私はみんなのアイドル、霧矢あおいなのよ。恋愛禁止、トイレに行くのも禁止」

言ってることが無茶苦茶になってきたぞ。

「そ、そうか……。それじゃ、あおいはどういう人と結婚したいんだ?」

「そうねえ、もちろん、男の人としてみた場合の好みというのもあるけれど、それよりも何よりも、私は結婚しても仕事を続けたいから、そう考えるとなかなか難しいわよね」

打って変わって割と真っ当なことを言っている。

「確かに、この仕事を続けていくには、相当理解のある相手じゃないと駄目だな。となると……あ、そうだ、らいちなんかどうだ」

「らいち?うーん、らいちかぁ。確かにらいち、ちょっと格好よくなっちゃったよね。大学でもサッカー続けてるみたいだし」

「そういえば、いちごから聞いたんだけど、らいちがサッカー始めたきっかけって、あおいらしいぞ」

「え、何その穏やかじゃない情報。私は全然聞いてないんですけど」

「中等部のころ、何がきっかけだったか忘れてしまったけれど、あおいが初恋の話をしたことがあっただろ」

「えーと、確か、同じ塾の男の子が、夕日の中でサッカーしてて、その後姿にキュンとした、みたいな話だったかしら?」

「そうそう。で、らいちがその話をいちごから聞いた後……」

「サッカーを始めたってわけね。……もう、ほんっと男って単純なんだから」

「でも、何かいじらしいじゃないか」

「だいたい、らいちはちょっと律儀過ぎるのよ。私に対しても、あくまでも一ファンとしての距離感みたいなものを保っているような感じがあるし。……せっかく私の親友の弟という立場が使えるのにね」

星宮いちごの弟》って立場を使って結構無茶してたけどな、あいつ。

「でもそれは、らいちなりにあおいに気を遣ってるんだろ」

「そんなことは分かってるけどね。でもそっか、らいちかぁ。そういう手があったわね。らいちなら、私がアタックかければ簡単にOKしてくれそうだし、お互いのこともよく知っているから、お気軽に付き合えそうだし」

「……おい、あおい、あたしの方から話を振っておいてナンだけどな……」

「……分かってるわよ、冗談に決まってるでしょう。そもそも、私がらいちに対して一番言いたいこと、蘭もよく分かってるでしょ?」

「ああ……『あの朴念仁』だろ」

うなずくあおい。

「私にとって、らいちは弟みたいなもんだし、らいちの方も、私のことを、単なるあこがれの存在以上にしようとは考えてないでしょ。もちろん、らいちが本気になって、私のことを恋愛対象として見て、アタックしてくるようになったら、話は別でしょうけど」

「まあな」

「でも、それよりも、らいちにはノエルちゃんでしょ、やっぱり。ホント、あの朴念仁、全然ノエルちゃんの気持ちに気づいてないんだから。私とらいちが付き合っちゃったりしたら、ノエルちゃん悲しむだろうし、私もノエルちゃんのこと大好きだから、悲しむ顔は見たくないのよね」

わかる。

「ノエルちゃんもノエルちゃんよね、もうちょっと強気になってアタックすればいいのに。でもまあ、そういうふうに上から下まで、いろいろ控えめなところも、ノエルちゃんの魅力よね。……うん、そうなると、やっぱりらいちが一番悪いわね、うん、うん。どうしてちゃんと女の子の気持ちに応えてあげられないのかしら。らいち、私はお前を、そんなだらしない男に育てた覚えはないぞ」

らいち……お前、あこがれのあおい姐さんからボロクソに言われてるぞ……。

「そうだ、あの二人、もうハタチよね。じゃあ今度、この家でパーティ開いて、あの二人を呼んで、お酒を飲ませて、その勢いでくっつけちゃうってどうかな」

「おいおい、それってらいちが絶対後で自己嫌悪に陥るパターンだぞ。それに、この家は、男子禁制。だから、らいちは呼べな……」

「うーん、我ながら穏やかじゃないいいアイディア!この家なら使える部屋もいっぱいあるし、防音もバッチリだから、夜も更けてしっぽりと、あとは若い二人でごゆっくり、みたいな。ぐへへ、ぐへへ……」

聞いちゃいねえ。というか、最悪のセクハラ姐さんだ……。こんなあおい、誰にも見せられない……。

「そうだ、ちょっとトイレ行ってくるね」

そう言うと、フラフラと立ち上がるあおいだった。

 

さて、そんな感じで、大量に買ってきたサワーやチューハイの大半があおいの体内に消えてゆき、その抜け殻がテーブルの上に列を成す中、あおいは、まるで《娘を嫁にやりたくない父親のヤケ酒》みたいな状態に陥り、最後の方はもはや《おもちゃを買ってもらえなくて店の前で泣き叫んでいる女児》のようになっていたのは冒頭の通り。よかった、防音が完璧なマンションで。

「ほら、ウーロン茶」

コップに注いだウーロン茶を二つ用意して、あおいの横に座る。

「んっく ……んっく…………」

ウーロン茶でアルコールが薄まったのか、少しずつ落ち着いてきたようだ。

「どうだ、少しは気が晴れたか?」

「……うん。ごめんね。私、ちょっと取り乱しちゃったみたい……」

「いいよ」

「……いちごにね、結婚するって告げられた時には、本当に、心の底からおめでとうって思ってたんだ。でも、こうやって、お酒を飲みながら、蘭と、昔の話をいろいろしていたら、急にさみしくなってきちゃって」

「うん」

「何て言ったらいいのかな、私のあまり良く知らない人に、自分の半身を持っていかれちゃうような感覚っていうのかしらね……いちごがアメリカに行っちゃったときも、それはそれで悲しかったけれど、それでも、こんな感覚になったことはなかったわ」

「まあ、ちょっと急だったしな」

「急だった、って言うなら、アメリカ行きの時も急だった。……そう、いちごはね、いつも急なの。いつも自分一人で考えて……というか、あんまり長々と考えずに直感で答えを出して、それでいて常に正解を掴みとる……そういう子だからね」

「確かに、いちごの奴、何をしだすか分からないところがあるし、それにあたしたちは振り回されっぱなしだったけれど、最後にはちゃんとつじつまが合っていたよな」

「そう……。いっつも、いちごは、私にも、蘭にも、何も相談しないまま、一人でどんどん先へと進んで行っちゃう。そんな時、私は、確かにちょっとさみしいと思うこともあったのだけれど、でも、不思議と不安は感じたことがなかったの」

「そして、実際にいちごはそうやって道を切り拓いて、本人は本人なりに大変だったんだろうけど、それでも何事もなかったかのような笑顔で、いつもあたしたちのところに帰ってきたしな」

「ええ……。でも今回は、何か、いちごが私の手の届かないところに行ってしまうような気がしてしまって……。心の奥底にいる《自分》が、『いちご、私を置いて行かないで!』って叫んでいるのよ」

多分、普段のあおいであれば、ここまで追い詰められた考えに至ったりはしないのだと思う。でも、このところのあおいは、中等部の頃からずっと続けていたアイドルとしての仕事に加え、新しい仕事や新しい立場とも向き合い続けている。そして、今まで、ピンチの時や、責任の重圧に押しつぶされそうになった時にはいつでも、あおいの隣にはいちごが居た。思うに、あおいは一人になることに慣れていないのだ。実際にルームメイトを失って一人になってみて、いつまでもそのことに慣れることができず、さらに、いちごとあおいに出会うまでは、その《一人になることに慣れることができない》という事実すらも直視することができていなかったあたしには、それが良くわかる。

「大丈夫、いちごも、そしてあたしも、いつもあおいのそばにいるよ」

「うん……。頭ではね、いちごが結婚したからって、私との関係が変わったりはしないと分かっているの。住んでいるところが違うとか、会う時間が取れないとか、そんなことは些細な問題なのよ。たぶんそういうことじゃないのよね」

この二人の関係は、本当に特別だ。もう長いこと三人で暮らして、家族同然になっているあたしでさえ、いちごとあおいの間には、どうしても入り込める隙間がないようなところがあって、そこに少しさびしさを感じることがある。

「今まで不安を感じたことがなかったのは、いちごが必ず私たちのところに帰ってきてくれるという確信があったからだと思うの。でも、今回は違う。私には、そういう確信が持てないの。いちごが離れて行っちゃうんじゃないかなって。いちごがそんな子じゃないのは私が一番良くわかっているはずなのに、どうしてかな……」

目を閉じて少し考え込んでいたが、ハッと何かに思い当たったような表情をしたあとで、うつむいて口を開く。

「きっと……《いちごの一番》が、私じゃ無くなっちゃうのが、怖かったんだ……」

静かに、ぽたぽたと、大粒の涙がテーブルの上に落ちていく。手を膝の上で組み、少し小刻みに震えているあおいの肩を、あたしは後ろからそっと抱いて、時の過ぎゆくままに、ただ、じっとしていたのだった。

 

早朝、あたしとあおいは、ジャージ姿でスターライト学園の裏門にいた。

「蘭、大丈夫?別につきあってくれなくても良かったんだよ?」

「いや、あたしも久しぶりに学園でランニングしてみたくなってな。何だかんだで寝たのは早かったし、目が醒めちゃったからな」

二人で柔軟運動をしながら会話する。

「このくらいの時間だとね、まだ生徒たちはほとんど起きてきてないの。6時を過ぎると、朝練をする子たちもちらほらと出てくるんだけどね」

「まあ、そうだろうな」

「だから、いつもランニングするときはこの時間って決めてるの。だって、私が学園内をランニングしていたら、ちょっとした騒ぎになってしまうでしょ?」

「それならそれで、生徒たちの刺激にもなっていいんじゃないのか?」

「でも、それで私の後ろに100人くらいの生徒が一緒に付いてきて、ランニングされた時の気持ち、蘭には分かる?」

実際にやってみたことがあるのか……。

「今日は蘭も一緒だし、もし昼間に走ったら、200人くらい付いてきちゃうかもね」

「ははは……」

まだ少しオレンジ色をした陽の光の中、ランニングを始めた。

「「アイカツ!アイカツ!」」

この掛け声も、ずいぶんと久しぶりだ。

「……蘭、昨日は、ありがとう」

走りながら会話する。

「何が?一緒に寝てあげたことか?」

昨日はあの後、あおいが一緒に寝たいと言い出したので、あたしの部屋で二人並んで寝ることになった。

「ふふ……。そういえば、蘭と一緒の布団で寝たの、初めてかも」

「かもな」

「だって、蘭ったら、いつも一緒に寝てる、最愛の人が居るんだものねー」

「いつも一緒には寝ていない、たまにだ、たまに」

「その割には、えびポンと一緒に寝ても大丈夫な、大きな布団を特注してたわよね」

「うっさい」

「……でも、昨日いっぱい泣いて、そのあと蘭の横でぐっすり寝られて、何かすっきりしたわ」

「それは良かった。……でも今回だけだからな」

「うふふ、大好きなえびポンと一緒に寝られないもんね」

「うー……」

「……蘭、ありがとうね……」

「ああ……」