AoiMoeのおはなし

アイカツロス症候群のリハビリ活動二次創作

いちご、結婚するってよ

前口上

少し前にTL見てたら、珠月まや先生()が「アイドルその日に(http://www.pixiv.net/member_illust.php?illust_id=56284627&mode=medium)」ってIF漫画を描いていて、要するに星宮先輩が今度結婚することになったので、霧矢先輩が心中穏やかじゃないことになっちゃうお話なのだけれども、私としてはきっと、あの三人はずっと結婚せずにキャッキャウフフして生きていくんだろ、と思ってはいるものの(それは予見ではなく単なる願望だ)、でもまああの三人の中ではいちごがさっさと結婚しちまいそうだというのも確かだし、「星宮いちごが結婚するとソレイユはどうなるのか」という「お題」は非常に興味深くて面白いと思うので、こういうのには乗っからずにおくべきか、というわけです。

というわけで、私なら「こうなるんじゃないかな」と思うIF話。

 

いちご、結婚するってよ

「ヴェアアアアアア、いちごぉ、いちごぉ、何で結婚しちゃうのよぉぉぉぉ……!!」

「おい、あおい、ちょっと落ち着けって」

今のあおい、アイドルにあるまじき顔と声してたぞ。

「うん……。いやっ、これが落ち着いていられますか蘭さん!……ううううう……」

困ったことに、さっきからずっと、この調子で泣きわめいている。

「やだ、いちご、お嫁に行っちゃ嫌だよう、うわああああん!!」

「ほら、分かったから、まずはウーロン茶飲みな」

「……ぐすっ……ぐすっ…………うん……」

……いちご、助けてくれえ。

 

あたしとあおい、今では普段一緒に食事をすることもないほど忙しいのだけれど、今日は珍しく二人とも早上がりだったので、あおいの方から

「じゃあ久しぶりに家でプチパーティでもしよっか、ちょっと積もる話もあるしね」

って言ってきた。平たく言えば二人で家飲みだ。別に異存もなかったので、駅で合流して、途中のスーパーで酒を買い込んでから帰ることにしたのだった。

「おいおい、ずいぶんといっぱい酒を買うんだな、大丈夫か、こんなに買って」

「大丈夫大丈夫、今日はちょっとガッツリと飲みたい気分だし、余ったら冷蔵庫にでも入れておけばいいんだから。お酒は腐らないでしょ」

酒が満載されたショッピングカートを押しながら、ちょっとテンション高めなあおい。

「まあ、賞味期限はあるけどな……で、つまみはどうするんだ?」

「ああ、おつまみはね、特に買わなくても、いちごがいろいろおかずを作って冷蔵庫に入れておいてくれたみたいだから、それで十分じゃないかな。それに、わかめとか、めかぶとか、乾き物みたいなのは蘭がいっぱい持ってるじゃない」

そのいちごは、しばらく地方ロケで戻ってこない。こういう時、いちごは時間が許す限り、あたしたちのために日持ちのするおかずを作り置きしてくれる。

「うん、こんなもんでいいわよね。じゃあ、ちょっとお会計してくるから、蘭は外で待っててよ」

「いやいや、この量は一人では持てないだろう。あたしも一緒にいくよ」

「……ああ、そうよねそうよね、ちょっとこれは無理か。ありがとね、蘭」

 

話の発端は、一週間ほど前に遡る。例によって、夜遅くバラバラに帰ってきたあたしたち三人は、お風呂なんかを済ませた後、三々五々リビングに集まって、特に何か話すでもなく、それぞれ思い思いの時間を過ごしていた。そして、さあそろそろ寝ようか、という雰囲気になったころ、いちごが

「ちょっと二人に話すことがあるんだ。そこに座って座って」

と言って、あたしたちをダイニングテーブルの向かい側に座らせた。

「実は私、今度結婚することにしました」

あおいとあたし、顔を見合わせる。

「「ええー!?」」

少し間があいたあと、二人の声がハモった。

「ってことは、いちご、ひょっとして、こないだ話してくれた……」

「そうそう」

「……そっかー、ついにいちごも結婚かー。これは全くもって穏やかじゃないわね。おめでとう、いちご。いちごの親友として、そしてファン一号として、祝福しちゃうんだから」

「ずいぶんと急で、ちょっと驚いたけど、あたしからもおめでとうな、いちご」

「ありがとう、あおい、蘭」

ここで、あおいの表情が少し曇る。

「あっ……、もしかして、アイドルは……」

「ううん、それはちゃんと続けていくよ。彼のことも大事だけど、それと同じくらい、アイドルのお仕事も私のなかでは大切。えーと、こういうの、二足のわらじって言うんだっけ?」

「何かちょっと違うような気もするけれど……。もう、いちごは欲張りなんだから」

「フフッヒ」

「それでそれで?式の日取りは?」

「うーんとねー、まだ当分先なんだけど……」

……とまあ、そんな感じで、あおいも心から、いちごのことを祝福していたように見えたのだけど。

 

陽が西に沈みかけ、空が赤く染まるころ、スーパーから家に帰ってきて、二人とも部屋着に着替えたあと、まさにその結婚報告が行われたダイニングテーブルに、つまみを並べる。いちごがいた側にあおいが陣取り、こっち側にあたしが陣取っている。

「じゃあ、えーと、本人はいないけど、いちごの結婚を祝して……」

「「かんぱーい」」

もう二人とも歳相応にプライベートでは手を抜くことを覚えてしまっていて、缶のままのサワーを軽くぶつけ合う。もちろん、衆目のあるようなところではこんなことはしないけど。特にあおいは外で一切スキを見せるようなことはない。スターライト学園に通っていた頃は、アイドルがらみの話となると見境がなくなるというか、しばしばキャラ崩壊寸前までミーハーを爆発させていたけれど、今は決してそんなことはない。……少なくとも外では。この家の中では……まあ察してくれ。アイドルグッズは遂に家には置けなくなったので、大きな倉庫を借りてそこに置いている。ちなみに、美月さんの事務所の隣だ。月影さんに紹介してもらったらしい。

あたしだってもちろん、ファッションモデル紫吹蘭としてのイメージを大切に守って行動しているが、あおいはこのところクールさに磨きが掛かってきたし、そのキャラ作りの徹底っぷりではあたしも敵わないようなところがある。多分、あたしとは背負っている責任の大きさも質も全く違う立場に置かれていることが、あおいをそうさせているのだろう。

でも、あたしやいちごしかいないところでは、子供のころのようなあおいが姿を現す。

「そうか、もうここで三人で暮らし始めて5年か……」

「そうね。……ふふっ」

「どうした?」

「いやちょっとね、スターライト学園の卒業を目前にして、寮を引き払った後にどうしようかって話をしてたときのことを思い出しちゃって」

「……忘れた」

「えー。だって、あの時は蘭が『それで、お前ら……どうすんだ?(声マネ)』とか聞いて来たから、いちごは『あー、私は実家が近いから、お弁当屋の看板娘兼アイドルかなー(捧)』だし、私もそれに合わせて『うちもそろそろパパとママが寂しがってるみたいだから、一旦実家に戻ろうかなー(捧)』って言ったら、蘭、『そ、そうか……(声マネ)』ってちょっと涙目になっちゃって」

「……忘れた」

「ふふっ、蘭ちゃんは私たちと一緒に暮らしたかったんですよねー」

「ああもう、いちごもあおいも、すぐそうやってあたしのことをからかうんだからなあ。そうだよ、だって、仕方ないだろ、いちごとあおいは同じ部屋で6年間……いや、いちごが一年アメリカ行ってたから5年か……」

「編入組だから4年半」

「そうか、まあともかく、二人は編入から卒業までずっと一緒の部屋で寝起きしてたのに、あたしだけソレイユのなかで一人、別の部屋だったし。そりゃあ、同じ寮だから、一つ屋根の下には居たけれどもさ。でも、機会があったら一緒に暮らしたいと思ってたし、卒業したらそれが出来るようになるって思うじゃん。あと蘭ちゃんって言うな」

「あれえ、あの時はいちごが続けて『と、思ったけど、やっぱり三人でルームシェアしない?』って言ったら蘭さん、一瞬ぱあっと明るい表情を見せたかと思ったら、すぐに澄ました顔で『あんたたちと寝起きまで一緒だと疲れそうだから、別々でいいよ』とか言ってませんでしたっけ?それを私たちが二人で蘭をなだめすかした、という体で、こうして三人で住むことになったのよね」

「『体』って言っちゃってるし。分かっててあたしのことをいじってくるんだから、二人とも人が悪いよなぁ」

「うん、分かってた。それにね、蘭が私たちと一緒に暮らしたいと思っていたのと同じく、私やいちごも、やっぱり蘭と一緒に暮らしたいと思ってたしね」

「うん。でもまあ、『寝起きまで一緒だと疲れそう』ってのは本心でもあったけど」

「さすがに大人になってからも寝室まで同じって訳にもいかないから、そこは蘭さんの意見に配慮したという体で別々の部屋になりました」

「はいはい」

「……あの頃は楽しかったなあ」

急にしみじみとした表情をするあおい。

「そうか、あたしは今も三人で楽しいけど」

「私も。……でも、それももうすぐ終わっちゃうんだ」

「どんなに楽しいパーティも、終わらないってことはないからな」

「うん……」

 

……と、最初の方は、ごくごく普段と変わらない調子で話をしていたのだが、段々とあおいのメートルが上がっていったのだった。あたしとあおいは何度も仕事関係の酒席で一緒になっているが、今まであおいが酔っているところを見たことがない。当然、あたしも外では酔っているようなそぶりを見せたりはしないが。そういうときに、真っ先にヘロヘロになってしまうのはいちごで、あたしたちはそれを介抱するという口実で、三人で抜け出して帰ってきてしまうことが多かった。あるいは、こうやって、この家でパーティをやっている時も、多少テンションは上がっても、とりたてて酔うようなことはない。ましてや、酔いつぶれてしまったあおいなんて想像もできない。だから、あおいはどんなに飲んでも酔って潰れたりはしないものだと思っていた。あたし自身は、酔ったそぶりを人に見せないだけで、たくさん飲めば酔う。ただ単に、飲んでるようにみせかけて実際には大して飲まずに済ませる立ち居振る舞いのコツを身に付けてるだけだ。

「あーもう、私も結婚しちゃおうかなぁ」

ずいぶんと唐突だ。

「結婚って、誰かそういう相手でもいるのか?」

「いるわけないでしょ。あのね、蘭、私はみんなのアイドル、霧矢あおいなのよ。恋愛禁止、トイレに行くのも禁止」

言ってることが無茶苦茶になってきたぞ。

「そ、そうか……。それじゃ、あおいはどういう人と結婚したいんだ?」

「そうねえ、もちろん、男の人としてみた場合の好みというのもあるけれど、それよりも何よりも、私は結婚しても仕事を続けたいから、そう考えるとなかなか難しいわよね」

打って変わって割と真っ当なことを言っている。

「確かに、この仕事を続けていくには、相当理解のある相手じゃないと駄目だな。となると……あ、そうだ、らいちなんかどうだ」

「らいち?うーん、らいちかぁ。確かにらいち、ちょっと格好よくなっちゃったよね。大学でもサッカー続けてるみたいだし」

「そういえば、いちごから聞いたんだけど、らいちがサッカー始めたきっかけって、あおいらしいぞ」

「え、何その穏やかじゃない情報。私は全然聞いてないんですけど」

「中等部のころ、何がきっかけだったか忘れてしまったけれど、あおいが初恋の話をしたことがあっただろ」

「えーと、確か、同じ塾の男の子が、夕日の中でサッカーしてて、その後姿にキュンとした、みたいな話だったかしら?」

「そうそう。で、らいちがその話をいちごから聞いた後……」

「サッカーを始めたってわけね。……もう、ほんっと男って単純なんだから」

「でも、何かいじらしいじゃないか」

「だいたい、らいちはちょっと律儀過ぎるのよ。私に対しても、あくまでも一ファンとしての距離感みたいなものを保っているような感じがあるし。……せっかく私の親友の弟という立場が使えるのにね」

星宮いちごの弟》って立場を使って結構無茶してたけどな、あいつ。

「でもそれは、らいちなりにあおいに気を遣ってるんだろ」

「そんなことは分かってるけどね。でもそっか、らいちかぁ。そういう手があったわね。らいちなら、私がアタックかければ簡単にOKしてくれそうだし、お互いのこともよく知っているから、お気軽に付き合えそうだし」

「……おい、あおい、あたしの方から話を振っておいてナンだけどな……」

「……分かってるわよ、冗談に決まってるでしょう。そもそも、私がらいちに対して一番言いたいこと、蘭もよく分かってるでしょ?」

「ああ……『あの朴念仁』だろ」

うなずくあおい。

「私にとって、らいちは弟みたいなもんだし、らいちの方も、私のことを、単なるあこがれの存在以上にしようとは考えてないでしょ。もちろん、らいちが本気になって、私のことを恋愛対象として見て、アタックしてくるようになったら、話は別でしょうけど」

「まあな」

「でも、それよりも、らいちにはノエルちゃんでしょ、やっぱり。ホント、あの朴念仁、全然ノエルちゃんの気持ちに気づいてないんだから。私とらいちが付き合っちゃったりしたら、ノエルちゃん悲しむだろうし、私もノエルちゃんのこと大好きだから、悲しむ顔は見たくないのよね」

わかる。

「ノエルちゃんもノエルちゃんよね、もうちょっと強気になってアタックすればいいのに。でもまあ、そういうふうに上から下まで、いろいろ控えめなところも、ノエルちゃんの魅力よね。……うん、そうなると、やっぱりらいちが一番悪いわね、うん、うん。どうしてちゃんと女の子の気持ちに応えてあげられないのかしら。らいち、私はお前を、そんなだらしない男に育てた覚えはないぞ」

らいち……お前、あこがれのあおい姐さんからボロクソに言われてるぞ……。

「そうだ、あの二人、もうハタチよね。じゃあ今度、この家でパーティ開いて、あの二人を呼んで、お酒を飲ませて、その勢いでくっつけちゃうってどうかな」

「おいおい、それってらいちが絶対後で自己嫌悪に陥るパターンだぞ。それに、この家は、男子禁制。だから、らいちは呼べな……」

「うーん、我ながら穏やかじゃないいいアイディア!この家なら使える部屋もいっぱいあるし、防音もバッチリだから、夜も更けてしっぽりと、あとは若い二人でごゆっくり、みたいな。ぐへへ、ぐへへ……」

聞いちゃいねえ。というか、最悪のセクハラ姐さんだ……。こんなあおい、誰にも見せられない……。

「そうだ、ちょっとトイレ行ってくるね」

そう言うと、フラフラと立ち上がるあおいだった。

 

さて、そんな感じで、大量に買ってきたサワーやチューハイの大半があおいの体内に消えてゆき、その抜け殻がテーブルの上に列を成す中、あおいは、まるで《娘を嫁にやりたくない父親のヤケ酒》みたいな状態に陥り、最後の方はもはや《おもちゃを買ってもらえなくて店の前で泣き叫んでいる女児》のようになっていたのは冒頭の通り。よかった、防音が完璧なマンションで。

「ほら、ウーロン茶」

コップに注いだウーロン茶を二つ用意して、あおいの横に座る。

「んっく ……んっく…………」

ウーロン茶でアルコールが薄まったのか、少しずつ落ち着いてきたようだ。

「どうだ、少しは気が晴れたか?」

「……うん。ごめんね。私、ちょっと取り乱しちゃったみたい……」

「いいよ」

「……いちごにね、結婚するって告げられた時には、本当に、心の底からおめでとうって思ってたんだ。でも、こうやって、お酒を飲みながら、蘭と、昔の話をいろいろしていたら、急にさみしくなってきちゃって」

「うん」

「何て言ったらいいのかな、私のあまり良く知らない人に、自分の半身を持っていかれちゃうような感覚っていうのかしらね……いちごがアメリカに行っちゃったときも、それはそれで悲しかったけれど、それでも、こんな感覚になったことはなかったわ」

「まあ、ちょっと急だったしな」

「急だった、って言うなら、アメリカ行きの時も急だった。……そう、いちごはね、いつも急なの。いつも自分一人で考えて……というか、あんまり長々と考えずに直感で答えを出して、それでいて常に正解を掴みとる……そういう子だからね」

「確かに、いちごの奴、何をしだすか分からないところがあるし、それにあたしたちは振り回されっぱなしだったけれど、最後にはちゃんとつじつまが合っていたよな」

「そう……。いっつも、いちごは、私にも、蘭にも、何も相談しないまま、一人でどんどん先へと進んで行っちゃう。そんな時、私は、確かにちょっとさみしいと思うこともあったのだけれど、でも、不思議と不安は感じたことがなかったの」

「そして、実際にいちごはそうやって道を切り拓いて、本人は本人なりに大変だったんだろうけど、それでも何事もなかったかのような笑顔で、いつもあたしたちのところに帰ってきたしな」

「ええ……。でも今回は、何か、いちごが私の手の届かないところに行ってしまうような気がしてしまって……。心の奥底にいる《自分》が、『いちご、私を置いて行かないで!』って叫んでいるのよ」

多分、普段のあおいであれば、ここまで追い詰められた考えに至ったりはしないのだと思う。でも、このところのあおいは、中等部の頃からずっと続けていたアイドルとしての仕事に加え、新しい仕事や新しい立場とも向き合い続けている。そして、今まで、ピンチの時や、責任の重圧に押しつぶされそうになった時にはいつでも、あおいの隣にはいちごが居た。思うに、あおいは一人になることに慣れていないのだ。実際にルームメイトを失って一人になってみて、いつまでもそのことに慣れることができず、さらに、いちごとあおいに出会うまでは、その《一人になることに慣れることができない》という事実すらも直視することができていなかったあたしには、それが良くわかる。

「大丈夫、いちごも、そしてあたしも、いつもあおいのそばにいるよ」

「うん……。頭ではね、いちごが結婚したからって、私との関係が変わったりはしないと分かっているの。住んでいるところが違うとか、会う時間が取れないとか、そんなことは些細な問題なのよ。たぶんそういうことじゃないのよね」

この二人の関係は、本当に特別だ。もう長いこと三人で暮らして、家族同然になっているあたしでさえ、いちごとあおいの間には、どうしても入り込める隙間がないようなところがあって、そこに少しさびしさを感じることがある。

「今まで不安を感じたことがなかったのは、いちごが必ず私たちのところに帰ってきてくれるという確信があったからだと思うの。でも、今回は違う。私には、そういう確信が持てないの。いちごが離れて行っちゃうんじゃないかなって。いちごがそんな子じゃないのは私が一番良くわかっているはずなのに、どうしてかな……」

目を閉じて少し考え込んでいたが、ハッと何かに思い当たったような表情をしたあとで、うつむいて口を開く。

「きっと……《いちごの一番》が、私じゃ無くなっちゃうのが、怖かったんだ……」

静かに、ぽたぽたと、大粒の涙がテーブルの上に落ちていく。手を膝の上で組み、少し小刻みに震えているあおいの肩を、あたしは後ろからそっと抱いて、時の過ぎゆくままに、ただ、じっとしていたのだった。

 

早朝、あたしとあおいは、ジャージ姿でスターライト学園の裏門にいた。

「蘭、大丈夫?別につきあってくれなくても良かったんだよ?」

「いや、あたしも久しぶりに学園でランニングしてみたくなってな。何だかんだで寝たのは早かったし、目が醒めちゃったからな」

二人で柔軟運動をしながら会話する。

「このくらいの時間だとね、まだ生徒たちはほとんど起きてきてないの。6時を過ぎると、朝練をする子たちもちらほらと出てくるんだけどね」

「まあ、そうだろうな」

「だから、いつもランニングするときはこの時間って決めてるの。だって、私が学園内をランニングしていたら、ちょっとした騒ぎになってしまうでしょ?」

「それならそれで、生徒たちの刺激にもなっていいんじゃないのか?」

「でも、それで私の後ろに100人くらいの生徒が一緒に付いてきて、ランニングされた時の気持ち、蘭には分かる?」

実際にやってみたことがあるのか……。

「今日は蘭も一緒だし、もし昼間に走ったら、200人くらい付いてきちゃうかもね」

「ははは……」

まだ少しオレンジ色をした陽の光の中、ランニングを始めた。

「「アイカツ!アイカツ!」」

この掛け声も、ずいぶんと久しぶりだ。

「……蘭、昨日は、ありがとう」

走りながら会話する。

「何が?一緒に寝てあげたことか?」

昨日はあの後、あおいが一緒に寝たいと言い出したので、あたしの部屋で二人並んで寝ることになった。

「ふふ……。そういえば、蘭と一緒の布団で寝たの、初めてかも」

「かもな」

「だって、蘭ったら、いつも一緒に寝てる、最愛の人が居るんだものねー」

「いつも一緒には寝ていない、たまにだ、たまに」

「その割には、えびポンと一緒に寝ても大丈夫な、大きな布団を特注してたわよね」

「うっさい」

「……でも、昨日いっぱい泣いて、そのあと蘭の横でぐっすり寝られて、何かすっきりしたわ」

「それは良かった。……でも今回だけだからな」

「うふふ、大好きなえびポンと一緒に寝られないもんね」

「うー……」

「……蘭、ありがとうね……」

「ああ……」