星宮いちご、結婚します! ~ 神崎美月編
潮の香りに包まれて
「お待たせしました、ワッフル10個です」
「うん、ありがとう!」
「いつもありがとうございます」
「また来るねー」
いつものワッフル屋さんで差し入れを買って、すぐ隣の倉庫に入る。……見た目はタダの倉庫だけれども、ここに美月が事務所を構えてから、もう8年になる。
「ほのかっち、おっはよー」
「あら、みくる、今日は少し早いのね」
「うん、いつもより道が空いてて、配達が早く終わっちゃったから」
「美月も、もうすぐレッスンが終わると思うから、上がって待ってたら?」
「うん、そうするー」
階段を上って、二階のレッスンルームに向かう。
~♪
《Take Me Higher》の最後のキメが聞こえてきた。どうやらトライスターのレッスンが終わったようだ。
(がちゃっ)
「やっほー、美月」
「みくる、おはよう。ちょうど今、レッスンが終わったところよ」
「かえでとユリカも久しぶりだね」
「Oh、みくる、元気してたー?」
「みくるさん、お久しぶりです」
「はい、これ差し入れー」
ワッフルの箱をテーブルに置いて展開する。
「わあ、いつもありがとう」
「二人も食べて食べて」
この後、休憩を挟んで、あたしと美月のユニット、WMのレッスンをすることになっている。美月は例によって忙しく世界中を飛び回っているので、二つのユニットのイベントが重なっている時には、こうして一日の間で続けてトライスターとWMのレッスンをすることも珍しくない。これが今のあたしたちの日常だ。
「さっきのターンはこうやって……」
休憩中に、美月がレッスンのダメ出しをするのも、いつものこと。
「美月、ここはもっとこうして……」
「あら、かえで、むしろそこはこうじゃなくって?」
美月の一年後輩のこの二人も、いまや頼もしくなって、美月にいろいろな提案をするようになったのも、いつものこと。
「もう、三人とも、レッスンは終わったんじゃないのー」
……でも、この日は、いつもと違うことが起こったんだ。
(がちゃっ)
「おつかれさまでーす」
そう言って入ってきたのは、星宮いちごちゃん。
「あら、いちご。ここに来るなんて珍しいわね」
「このタイミングなら、ちょうど美月さん、レッスンの合間の休憩時間だよって、あおいが教えてくれたんです」
恐るべし、霧矢あおいちゃんの情報網。
「実は、美月さんに報告がありまして……」
「あら、何かしら」
「私、こんど結婚するんです」
……
「「ええーーーー!?」」
少しの沈黙の後、ユリカとかえでの驚く声が重なった。
「結婚って、いちご、あなたいつのまに……」
「Marriage? Really?」
「うん、ホントホント」
二人に向けてニコニコするいちごちゃん。そして、目を丸くしながらそんな三人の様子を眺めていた美月は、
「驚いた……いちごにはいつも驚かされてばかりね」
と言って、少し微笑んだ。
「えへへ、やっぱり美月さんには直接報告したくて」
「こんな素敵なことはないわね。……それじゃ、改めて、いちご、おめでとう」
「Congratulations!」
「このユリカ様も祝福してあげないこともなくもなくもなくってよ」
「ほえー……いちごちゃん、おめでとうね」
若干状況に付いていけず、ちょっと間抜けな声を上げてしまった。
「みなさん、ありがとうございます」
深々とお辞儀をする。
「それで、いちご、結婚してもアイドルは続けていくんでしょ?」
「やっぱり分かっちゃいましたか。はい、これからも頑張ってアイカツしていきます」
「ふふっ。でも、結婚となると、いろいろと難しいこともあるんじゃないかしら」
「はい、織姫学園長からも同じことを言われました。でも……」
「どんな困難でも乗り越えていく……のよね。やっぱりいちごはそうじゃないとね」
「はいっ」
困難……。
「そうだ、いちごちゃんに良いものをあげる」
そういって、あたしはカバンの中から、大輪の青紫色の花を取り出した。
「これは……?」
「ムーンサファイア。カーネーションの一品種なんだけどね、青いカーネーションっていうのは本当に珍しいの。うちでは育ててないのだけれども、これで作ったブーケが欲しいってお客様がいたから切花を取り寄せたのよ。それで、一輪余ったから、このレッスンルームに飾ろうと思って持ってきたんだけど……。でも、これも運命だね。この花は、今のいちごちゃんにぴったり」
「というと?」
「青いカーネーションを咲かせる方法は、いくつかあるのだけど、どれもすごく難しいの。その困難を乗り越えて咲いたこの花に付けられた花言葉は《永遠の幸せ》。だから、これは結婚式のコサージュやブーケの定番なのよね。……ちょっと待っててね。じゃあ、みくるのミラクル、見せちゃおっかな」
道具箱を取り出して、花を加工する。
「……さてと、こんなもんかな……」
5分ほどで、髪飾りに仕立て上げた。
「いちごちゃん、こっちに来て」
右のこめかみの少し後ろ側に取り付けてみる。
「Amazing……」
「すてき……」
興味津々といった表情で眺めるかえでとユリカ。
「うん、こんなもんかな」
我ながらよくできたかも。
「うわあ……」
レッスンルームの姿見で、自分の姿を確認したいちごちゃん。
「こんな素敵なプレゼント、本当にありがとうございます」
「いやあ、喜んでくれて、うれしいなあ」
この瞬間のために、あたしはお花屋さんをやっているんだと、改めて実感した。
「ねえねえStrawberry、それで、どんな人と結婚するの?みんな知ってる人?」
「んー、一般のサラリーマンだから、今度みんなにも紹介するね」
「いちご、そんな人とどこで知り合ったのよ。教えないと、血を吸うわよー」
「きゃーーーー」
……と、そんな感じで、楽しい休憩時間になりましたとさ。