最後のバースデイ
最後のバースデイ
朝、ドラマの撮影に出かける私にいちごが声をかけてきた。
「あおい、仕事が終わったら、まっすぐ食堂に来てね」
「分かってるって。ここまで撮影順調だから、たぶん時間通りに戻ってこられると思う」
「みんなで待ってるから、頑張って」
「ありがと。じゃあ、いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
スターライト学園に入ってから5年とちょっと、途中、いちごがアメリカに行っている間を除いて、ずっとこんなやり取りをしながらお仕事に行っていたけど、それももうすぐ終わってしまうんだ。このところ、何をするにしても、この学園での「最後の行事」になってしまうことばかりで、ちょっとだけ寂しい。今日も、そんなイベントの一つがある。
2
さて、現場に着いたのだけれど、こんな時に限って、機材トラブルで撮影開始が少し遅れてしまった。さっき撮影順調って言ったばかりなのに、これがフラグって奴なのかしらね。ドラマの撮影にはトラブルはつきものとはいえ、ちょっと気が急いてしまう。……まあでも、この分なら、約束の時間には十分間に合うかな。
「みんなちょっと集まってくださーい」
お昼の休憩時間、珍しく現場にやってきていたプロデューサーさんにこう呼びかけられて、私も含めたキャストとスタッフが周りに集まってきた。
「今日は、他でもない、我らがドラマの主役、霧矢あおいさんの誕生日です。おめでとう、あおいちゃん」
「あ……ありがとうございます」
突然のことで、一瞬戸惑ってしまったけれど、お礼を言いながら深々とお辞儀をした。
――ぱちぱちぱちぱち
「ささ、あおいちゃん、こっちへ。……えーと、これは、私たちスタッフとキャスト一同からです」
そう言って、ディレクターさんが花束を渡してくれた。
「わあ、嬉しいです。ありがとうございます」
……と、そんな感じで、誕生日を祝ってもらってしまった。
3
うれしいサプライズのおかげか、午後の撮影は至って順調に終わって、スタジオを後にした。さて、学園の車が待っているはずだけれど……。
「ヘイ、霧矢ハニー!」
運転手の代わりにそこに居たのは、ジョニー先生だった。
「ジョニー先生!?どうしたんですか、こんなところで」
「スター宮から『あおいを学園までエスコートしてきてください』って頼まれてな、こうしてやってきたって訳だ」
「そうだったんですか。すみません、いちごが変なお願いをしてしまって……」
「なに、ちょうど退屈してたところだから、遠慮はノンノン、ノープロブレムだ。それに、今日は霧矢ハニーのバースデーなんだろ?それなら、スターライト学園最高のティーチャーにして、最高のドライバーである俺が、エスコートしてやらないとな」
「あはは、お手柔らかにお願いします」
アイカツワゴンの後ろに乗せられて、学園までの道を走り始めた。
「しかし、霧矢ハニーたちも、もう卒業か。スター宮と一緒にスターライトに編入してきたのが、ついこの間みたいに感じるけどなあ」
運転をしながら、ジョニー先生が話しかけてくる。
「ええ……。でも、私は、この5年間、一生懸命アイカツして、そしてその間にいろんなことがあったから、長かったような、それでいて、あっという間だったような……そんな気がします」
「そうか。……まあ、確かに、お前たちが来てから、本当にいろんなことがあったしな。神崎ハニーが学園を辞めたり、スター宮がアメリカに行ったり、その間にドリアカができたり……な」
「はい」
「お前たちの学年は、手のかかる奴らばっかりで苦労したけどな。特にスター宮とかな」
「本当にすみません……」
「いやいや、霧矢ハニーが謝ることじゃない。むしろ、最近は霧矢が学園ことをいろいろとサポートしてくれているから、俺たちティーチャー一同も感謝してるくらいさ」
「そ、そうですか?」
「そうさ。……まあそれに、スター宮がいて、この5年、ずっと退屈せずに済んだしな」
「その気持ち、何となく分かります」
「出来の悪い子ほどかわいい、とか言うしな。……もっとも、そのスター宮が、大スター宮いちご祭り以来、ずっとスターライト学園……いや、アイカツ界のトップを張ってるんだから、出来が悪いとか言っちゃいけないんだけどな」
「まあ、いちごは、いちごですからね」
そうこうしているうちに、学園の通用門が見えてきた。
「さ、もうすぐ着くぞ」
「ありがとうございました、ジョニー先生」
4
そのままジョニー先生に連れられて、学園の食堂まで来た。先生に、扉の前で制止される。
「霧矢ハニーは、そこで待っていてくれ」
すると、ジョニー先生は、そのまま扉を少し開け、スルっと中へ入っていった。
「さあ、レディースエンドジェントルメン、今日の主役の登場だ、イエー!!」
――バンッ!
扉が開くと、中には同級生たちが並んでいた。私は一歩前へと進む。
「「「おめでとう、あおい!」」」
みんながそう言うと、手に手に持ったクラッカーの紐を引いた。
――パン、パパパパン、パン
空中に舞い飛ぶ紙テープの中をくぐりながら、私は食堂に入っていった。
「みんな、ありがとう!」
すると、いちごが私の目の前にやってきた。
「さあ、あおい、こっちに来て」
そう言うと、私の手を引っ張って、大きなケーキの前へと連れて来た。上には、火のついたロウソクが18本立っていた。
横からおとめちゃんが出てきて、音頭を取り始めた。
「それじゃあみんな、あおいたんのために歌いましょう。せーの」
――ハッピバースデーツーユー
――ハッピバースデーツーユー
――ハッピバースデーディアあおいちゃーん
――ハッピバースデーツーユー
「ふーーーーー」
私は息を吹きかけて、18本のロウソクを吹き消した。
――ぱちぱちぱちぱち
拍手の中、みんなに向けて深々とお辞儀をする。
「今日は、あおいのために、特別ゲストに来てもらったんだ。ほら、あそこ」
いちごの指さした先を見ると、そこには周りより一段高くなった即席のステージが作られていた。そのステージの上に、こちらを背にして立っている女性が一人。髪は茶色でツインテール、コスチュームはフューチャリングガール……まさか!!
――さんさんさん、輝く太陽ー
――真夏のバケーションサマーバケーション!!
振り向いたのは、あの文化系サブカルアイドル・グッピー!!
「ヤッホー、あおいちゃん、誕生日おめでとー!!」
前奏に入ったところで、そう呼びかけてくれたので、私はもうテンションマックスで、ステージの前まで駆け寄ったのだった。それから、曲の間のことはあまり良く覚えてない。
5
メドレーで数曲歌い終わった後、グッピーはステージから降りてきて、私の前にやってきた。
「あ、あの、グッピーさん、初めまして」
私がそう言うと、目の前のグッピーさんは意外なことを言ってきた。
「初めましてじゃないよ、あおいちゃん」
「え?」
「前にサイン会に来てくれたことがあったでしょ、まだ、こーんなに小さかったころ」
「それって、だいぶ前だし、私がアイドルになるずっと前のことなのに、覚えててくれたんですか?」
「うん、グッピーは記憶力がいいのだ。グッピーに会いに来てくれたファンのみんなの顔は、よーく覚えてるよ。それに、あおいちゃんは、グッピーに熱心にファンレターを送ってくれてたでしょ。だから、尚更覚えてるのだ!」
「うわあ……すごく感激して、穏やかじゃないです!」
「うんうん」
「私、グッピーさんにあこがれて、こうしてアイドルになれたので、こうしてアイドルになった姿を見せることができて、本当にうれしいです」
「そうよねえ、グッピーは、あおいちゃんがアイドルになる少し前に、グッピー星に帰っちゃったもんね」
そう、グッピーさんは、グッピー星に帰った……つまり、かつてのキャラを封印して、今では「世を忍ぶ仮の姿」として、本名で芸能活動をしている。主に女優やナレーションのお仕事をされているけれど、その落ち着いた雰囲気は、グッピーとのギャップもあって、当時、驚きと好評をもって迎えられた。でも、意外と私とは仕事上の接点がなくて、こうして会うのは件のサイン会の時以来だった。
「ところで、今日はどうして来てくださったんですか?」
「この間、いちごちゃんと一緒に、世を忍ぶ仮の姿でお仕事をする機会があってね、すぐに意気投合しちゃったんだ。それでね、いちごちゃんとあおいちゃんが仲良くなったきっかけがグッピーだったこととか、今日あおいちゃんのお誕生会だってことを聞いてね、いちごちゃんに是非来てくれって言われて。それで、こうしてグッピー星から来ることにしたんだ。あ、噂をすれば影」
いちごが私たちのところにやってきた。
「いちごー!!ありがとー!!学園での最後の誕生会で、こんなすごいプレゼント貰っちゃって、私、穏やかじゃなさすぎるよ!!」
「良かった、喜んでもらえて。……グッピーさんも、今日はありがとうございました」
「いえいえ、こうして、グッピーの姿で歌を歌うのも、本当に久しぶりだから、すっごく楽しかったよ。こうして、目の前で喜んでくれる人がいると、年一回くらいは、こうやってグッピー星から地球に来て、ファンのみんなと交流するのもいいかもしれないなあって思ったよ、あおいちゃん」
「わあ、そうなったら、私もファンとしてすごくうれしいです」
「そうだ、あおいちゃんって、フューチャリングガールにも顔がきくし、アイドルのプロデュースもいろいろとやってるんでしょ?」
「はい」
「じゃあ、今度、交流イベントを企画してくれないかな?うーんと、題して、『グッピー・ファン・ミーティング』みたいな感じ?」
「えっ、ホントですか?」
「うんうん」
「やったー、すごくうれしいです!」
「じゃあ、話がまとまったところで、もう一曲歌おうか。今度は、あおいちゃんと、そして、いちごちゃんも一緒にね」
そう言って、グッピーさんはウインクした。
「はい、喜んで!……いちご、振り付け覚えてる?」
「えーと、こうだっけ?」
「違う違う、もっとミニマルに……こう!」
「こう?」
「こう!」
私がいちごに厳しく振付の指導をしていると、おとめちゃんがやってきた。
「あー、おとめもやるですー!!」
こうして、楽しい誕生会は、ますますたけなわとなっていったのでした。