恋色エナジー
恋色エナジー
「あのね、あかりちゃん……。私……前からずっと……好きだったみたい……」
大空あかり、14歳。いきなりの恋の告白にドキドキです……。
2
ここはラジオ局のミキサーブース。
――星宮いちごの午後はいちいちいちご気分、間もなくお別れの時間です
モニタースピーカーから流れてくる前番組の音声を聴きながら、私たち二人は本番前の緊張感を高めていく。
――今回は、≪いまハマっていること≫というテーマでお送りしてきました。お便りを読んでみて、本当にみなさんいろんなことにハマってるんだなあと思って面白かったです。そういえば、うちのあおいと蘭も今、手作りアクセにハマっていて、オフになるとDIYショップに行って材料を集めてきては、ネックレスやブレスレットみたいな小物を作ってるんですよ。ラジオだから見えないと思いますが、いま私が付けているネックレ
「本番3分前」
星宮先輩のトークをお構いなしにぶった切って、タイムキーパーさんの声が響く。アイドルの私としては、星宮先輩の直後の番組を担当できるのは非常に光栄なことなのだけれども、一方で、いちごちゃんの一ファンの私としては、ゆっくり番組を聞くことができないのは少しだけ残念。でも、お仕事だもんね。頑張らないと。
そうこうしているうちに、星宮先輩のエンディングトークは、いつもの締めの言葉に到達する。
――……星宮いちごの午後はいちいちいちご気分、お相手は、星宮いちごでした
いつも30分、あっという間。それにしても、星宮先輩とは別の場所にあるスタジオからの放送なのが本当に残念。……でも、私も星宮先輩も忙しいので、どうせお仕事中に会えるチャンスはないと思うけど。
「CM開け、オープニングです。スタンバイお願いしまーす」
「それじゃ行こっか」
「うん」
収録ブースへの二重扉を開けて、二人で中に入る。ここは、繁華街の通りに面した街頭スタジオなので、正面に大きな水槽のようなガラス窓があって、その外では大勢の魚たち……ではなくて見物の人々が、私たちの登場に気付いて歓声を上げている……みたいなのだけど、完全防音なので、向こう側の音はこちらには全く聞こえてこない。私たちも小さく手を振って、その聞こえない歓声に応えつつ、マイクや段取りメモの置かれたテーブルに向かい合わせに座る。
――本番5秒前、4、3、2、1
インカムのカウントダウンに合わせて呼吸を整える。
――「大空あかりと」「音城ノエルの」「「Queens' Tea Time」」
番組ジングルとオープニングミュージックが流れ、ミキサーブースからキューの合図が出た。
「みなさんこんにちは、大空あかりです」
「みなさんこんにちは、音城ノエルです」
「この番組は、スターライトクイーンの私と、ドリアカクイーンのノエルちゃんが、≪クイーンたちのアフタヌーンティータイム≫というコンセプトでお送りする30分の生放送です。今日もここ、イッポン放送月見坂スタジオの前には、たくさんの方がいらしています」
私たちが小さく手を振ると、窓の外の見物の人々は大きく振り返してくれる。その向こうでは、大勢の人々が往き来しながら、時折こちらを一瞥したり、立ち止まったりしている。
「さて、早いもので、もう12月ですね。外に見えている街路樹も、葉が全部落ちて、すっかり冬模様といった気配です。12月ということは、このラジオが始まってから二ヵ月……つまり、ノエルちゃんがドリアカクイーンになってからも二ヵ月が経ったわけですが……。どう?ノエルちゃん、もう慣れたかな?」
「うーん、ドリアカクイーンになる前と比べると、学校の中を歩いていても、街の中を歩いていても、声を掛けられることがずっと多くなっちゃって、まだ戸惑うことがあるかも……あ、でも、このラジオ番組の方は、あかりちゃんやスタッフさんたちに支えられて、だいぶ慣れて来たかな、って思います」
「そっか。……じゃあ、今日の提供コールは、予定を変更して、ノエルちゃんにお願いしようかな。はいっ」
「えっ、え、え……えと……コホン。大空あかりと音城ノエルのQueens' Tea Time。この番組は、『クレープ食べて、ぽんぽんいっぱい!』でおなじみ、ポンポンクレープの提供でお送りしましゅ……しますっ」
「ああ、噛んじゃったかー」
「ううう……」
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あれは、まだ梅雨に入るか入らないか、といった6月の上旬ごろの話。スターライト学園の学園長室に呼ばれて行ってみると、そこには我らが織姫学園長と、もう一人、ドリームアカデミーのティアラ学園長が待ってたんだ。
「それでね、あかりちゃん。この間のスターライトクイーンカップの盛り上がりを見て、これは是非、ドリームアカデミーでも、中等部の頂点に立つ生徒を決めるイベントを開かなきゃって思ったの。その名も『ドリアカクイーンカップ』……スターライトクイーンカップをそのまんま真似しちゃう形になるから、今日はこうして織姫学園長に差し支えないかお伺いするために来てね、無事お許しをいただけたのよ」
いつものように、ティアラ学園長がまくし立ててくる。
「ドリアカクイーンカップ……どんなクイーンが選ばれるのか、すごく楽しみです」
「私はね、このドリアカクイーンカップも、スターライトクイーンカップ同様に、アイドルの祭典として定番のものとしたいの。だから、スターライトクイーンカップが春の祭典なら、ドリアカクイーンカップは秋の祭典ということにしようと考えているわ。ということで、九月頭にスタートして、予戦、本戦と経て、最終的に九月末にクイーンが決まるという段取りで考えてるのよ」
このコンセプトに、織姫学園長も同意する。
「スターライトクイーンカップは元々九月だったから、その空白を埋める意味でも、ちょうどいいと言えるわね」
「はい、織姫学園長。……それでね、あかりちゃん。私、不躾ついでに織姫学園長に、『ドリアカクイーンが決定した暁には、スターライトクイーンとコラボをしていただけませんか?』ってお願いしたの」
「コラボ……ですか」
「大空、私は、『もちろん喜んで』って答えたわ。スターライト学園とドリームアカデミーはライバル校でもあるけれど、それ以上に、アイカツ界を一緒に盛り上げていく仲間でもあると、私は考えているの。だから、あなたのスターライトクイーンとしての力と、新しく決まるドリアカクイーンの力とを合わせて、二人でますますアイカツ界を盛り上げて行ってもらいたいと思っているのよ」
「そうですね、私もそうできたらうれしいなって思います」
「そんなわけで、あかりちゃん、どんなコラボをするのかも、はっきりとは決まってないんだけど、その折にはいろいろと協力してもらうこともあると思うので、よろしくお願いするわね」
「はい、喜んで!」
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……という感じで、ドリアカクイーンカップの開催が決まって、あれよあれよという間に九月になった。ドリームアカデミーのカリキュラムで鍛えられた数多くの生徒の中、予選を圧倒的な実力で突破し、そして、そのままの勢いで本戦まで勝ち抜いたのは、意外にも、ドリアカに編入してまだ一年のアイドル、音城ノエルちゃんだったんだ。
もちろん、ノエルちゃんは、音城セイラさんの妹ということもあって、ドリアカ編入当時から注目のマトだったのは確かなんだけど、中学三年生の九月にしてまだアイドル活動一年目だったし、本人も三月のドリアカーニバルのころには「まだまだ基礎トレーニングについていくのがやっと」と認めていたくらいだから、下馬評は決して高いとは言えなかった。霧矢先輩にも、
「ドリアカのカリキュラムは科学的なだけに、ひいき目に見たとしても、ノエルちゃんが編入するまでの一年半のハンデは挽回が難しいわね」
……と言われていたのだけど、実際に蓋を開けてみれば、それこそ圧倒的とも言えるステージを引っ提げて、ノエルちゃんは私たちの前に現れた。私もゲストコメンテーターとして呼ばれていたので、ドリアカクイーンカップ本戦のステージを目の前で観ていたのだけれども、そのステージの完成度、そして観客の熱狂度の高さという点で、もし、ノエルちゃんがスターライトクイーンカップに出場したとしても、私も含めて、スターライト学園中等部の誰もが勝てないんじゃないか、と思わせられるような圧倒的なパフォーマンスを発揮したので、それを目の当たりにした私は最初、言葉を失って何もコメントをすることができなかったくらいだった。
後で霧矢先輩にスターライト学園の食堂で会った時にも、
「あれは、間違いなくアイドル史に残る、全くもって穏やかじゃないステージだった……。あかりちゃんもそう思うでしょ?」
「はい、私も目の前で見ていて言葉を失いました」
「うんうん。……それにしても不思議なのは、あの短期間で、何がノエルちゃんをあそこまでのアイドルに育て上げたのか……。きいちゃんにも訊いてみたけど、ただ『ノエルちゃんは他の人の二倍の努力をしただけだよ』としか言わないし。だいたい、二倍だと計算が合わないのよ」
「計算……というと?」
「だって、ノエルちゃんがアイカツを始めてから頂点に立ったのが12ヶ月でしょ?でも、他の中等部三年生は、既に二年半……つまり、30ヶ月の積み重ねがあったわけ。だとすると、ノエルちゃんが人の二倍の努力をしても24ヶ月分……つまり、6ヶ月分も足りないのよ」
「『二倍の努力』っていうのが、単に人一倍努力したっていう意味の、きいさんの言葉のアヤなんじゃ……」
「ううん、きいちゃんはそういうところ、細かいからね。努力の量は二倍で間違いない。だとすると、これは、いちごも超えるような天性の才能なのか、それとも、何か秘密が隠されているのか……」
と言っていて、あの霧矢先輩をして、ただただ驚くばかりという感じだった。
ともあれ、そうしてノエルちゃんは文句なしにドリアカクイーンの座を射止めることに成功したんだ。
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さて、そうして決定したドリアカクイーンのノエルちゃん、彼女と私とのコラボ企画は、二人で半年間のラジオ番組をやるということになり、そうしてこのラジオが始まったのが十月のこと。私とノエルちゃんは知らない仲ではなかったし、最初から打ち解けた雰囲気でお仕事をすることができたのだけれども、さすがにノエルちゃんは今回が初めてのラジオのお仕事ということで、最初のころは少し戸惑うこともあったみたい。それでも、次第に慣れてきて、二か月経った今では立派にラジオパーソナリティとしての仕事をこなしている。……さっきは噛んじゃったけど。
「ここからは、『ポンポンクレープ処方箋』のコーナーです。これは、≪元ポンポンクレープガール≫の私、ドクターあかりと、≪現ポンポンクレープガール≫のドクターノエルが、みなさんの送ってくれたお悩みに対して、一番マッチするポンポンクレープのトッピングを処方しちゃおう、というコーナーです」
……そうなのだ。ドリアカクイーンになった後、ノエルちゃんは、その余勢を駆って出場したポンポンクレープガールオーディションでもトップを独走し、見事、17代目ポンポンクレープガールの座を射止めたのだった。
「それじゃあ、ドクターノエル、お願いね」
「はい。今回のお便りは、ラジオネーム、サブラチヌスさんからです……。
『ドクターあかり、ドクターノエル、こんにちは。
(二人:こんにちは)
私は都内の高校に通う一年生の女子です。私は吹奏楽部でクラリネットを担当しているのですが、最近、同じクラリネットで一年上の先輩が気になっています。入部してしばらくしたころ、私だけどうしても吹けないフレーズがあって、パートから離れて一人校舎の隅で練習をしていたのですが、その先輩がたびたび様子を見に来ては、ここはこうしたらいいよとか、いろいろとアドバイスをしてくれました。それも嬉しかったのですが、そうしているうちに、ついにそのフレーズが吹けるようになった時に、『よく頑張って吹けるようになったね』って言ってもらえたことが、一番嬉しかったです。
それからは、難しい譜面が来ても、その先輩に『よく頑張ったね』って言われたくて頑張るようになって、どうしてもできなくても、くじけずに続けられるようになりました。そして、この間の定期演奏会からは、ついにレギュラーとして、パートの一翼を担えるようになりました。その時も、この先輩が『これからも一緒に頑張ろうね』って言ってくれたのが嬉しくて仕方ありませんでした。
そんなこんなで、私はその先輩のことが気になって仕方がないのですが、でも、その先輩は、私だけに特別優しいというわけではなく、みんなに分け隔てなく気配りをできる人なので、先輩からしてみれば、私も単なる後輩の一人なんだと思います。それに何より、先輩には、同じクラスに親しく接している女子の方がいるようなのです……。私としては、この≪気になる気持ち≫がずっと心の中でモヤモヤとしていて、自分の中でどう消化したらいいのか分からなくなっています。
そこで、ドクターあかり、ドクターノエル、こんな私の気持ちにぴったりのクレープを教えてください、お願いします』
……ということなのですが、どうでしょう、ドクターあかり」
「うーん、サブラチヌスさん自身は『気になる』という言い方をされていますが、これはいわゆる≪恋の悩み≫という奴なのかなあ」
「でも、自分の≪気になる気持ち≫が、本当に≪恋≫なのか何なのか、それすらも良く分からないってことも、あるんじゃないかな」
「そっかー、そういう考え方もあるんだね。……まあ、私たち、二人とも通っているのが女子校なので、気になる異性の先輩というシチュエーションが存在しないし、あまり参考になるかどうかは分からないのだけれども……」
「うん」
「ただ、私の場合、異性じゃないけど、アイドルになりたてだったころから、憧れの星宮いちご先輩にずっと気に掛けてもらってて、くじけそうになったときに、何度も星宮先輩に助けてもらっていたから、サブラチヌスさんの気持ち、何となく分かるなあ。……そうだ、星宮先輩といえば、二年前、大きな単独ライブがあったんだけど……」
「それって≪大スター宮いちご祭り≫だよね、私もお姉ちゃんからチケットをもらって見に行ったよ」
「そう、その≪大スター宮いちご祭り≫のための書き下ろし曲、≪輝きのエチュード≫にはね、星宮先輩が伝えたかった、ある≪想い≫が込められてるんだ」
「伝えたかった≪想い≫……」
「星宮先輩があの曲に込めたのは、ファンのみなさんへの感謝の気持ちというのはもちろんだけど、それだけじゃなくて、自分をトップアイドルへと導いてくれた神崎美月先輩に対する憧れや感謝の気持ちだったみたい。……でね、≪輝きのエチュード≫の作者の花音さんが、そういう星宮先輩の想いを聞いた時に、それを≪恋みたいな気持ち≫って表現してたのが、今でもすごく印象に残ってるんだ」
「そういえば、いちごちゃ……星宮さんが前にインタビューで『≪輝きのエチュード≫は、私から美月さんへのラブソングなんだ』って嬉しそうに言ってたっけ」
「だからね、先輩への憧れや感謝の気持ちみたいなのは、恋そのものとは違うのかもしれないけど、でも、恋によく似た気持ちなのかもしれないなあって思うんだ。……相手が異性だったら、そのまま本当の恋になっちゃうこともあるかもしれないけど、でも、その境い目はそんなに明確じゃないのかもしれない」
「なるほど……ただ、サブラチヌスさんの場合には、先輩と親しい女子がいる、というのが、悩みを深くしてるみたい」
「そこがなかなか悩ましい感じだね……。でも、そんなことが気になっているのって、もうこれはやっぱり恋なんじゃないのかなあ」
「あはは……」
「でもね、それならそれで、すごく素敵なことだと思うよ。これは、新条ひなきちゃんからの受け売りなんだけどね、大好きって気持ちは、すごいパワーをくれるから」
「大好きは、パワーをくれる……」
「うん。でも、そっか、好きになればなるほど、一方ではモヤモヤした気持ちになっちゃうのか……あ、そうだ、これは参考になるかどうか分からないけど、私、誰かに良くしてもらって嬉しいと感じた時に、一つだけ心がけていることがあるんだ」
「それはどんなこと?」
「えっとね、それは、ただ『ありがとう』ってお礼の言葉を言うだけじゃなくて、自分がどういう風にうれしかったか、その気持ちを必ず表現することにしているんだ」
「言われてみれば、あかりちゃん、いつもお礼を言うときに何か一言付け加えてるよね」
「別に、言葉じゃなくてもいいんだけどね。私ね、星宮先輩が同級生を励ますために大きなクリスマスツリーを伐採してきたシーンをテレビで見たのが、アイドルに憧れたきっかけだったでしょ。それで、私も星宮先輩の真似をして、まわりのみんなが元気になれるように手助けをしたりしてみたんだけど、そうやって誰かを励ましたり、勇気づけたりしたときに、その人が笑顔になってくれたら、こっちまで嬉しくなってきちゃうことが何度もあったんだ。この場合、笑顔が、その人の気持ちの最高の表現になってるよね」
「確かに」
「でも、表情だけで伝えられることにも限界があるし、大切なのは、『私のことを嬉しい気持ちにしてくれたあの人も一緒に嬉しい気持ちにできたらな』ということだと思うから、そういう気持ちをどうやって伝えたらいいんだろうって考えると、私の場合は、ちょっと安直なんだけど、何か一言付け加えることが多いかな。だから、サブラチヌスさんも、一旦先輩のことが気になる気持ちは置いておいて、自分が感じた嬉しい気持ちを、笑顔でも言葉でもいいから、先輩に返していくというか、おすそ分けしていくというか、そういう風に心がけていくと、少しはモヤモヤした気持ちも晴れてすっきりするんじゃないかな、って思うんだ」
ここで、ミキサーブースの方から巻きの合図が出る。
「なるほど……。さて、そろそろお時間のようですので、ドクターあかり、そろそろトッピングの処方に移りましょう」
6
――大空あかりと音城ノエルのQueens' Tea Time。この番組は、『クレープ食べて、ぽんぽんいっぱい!』でおなじみ、ポンポンクレープの提供でお送りしました
ふう……。やっぱり生放送は独特の緊張感があって大変だけど、今日もノエルちゃんと二人で番組ができて楽しかったなあ。窓の外の見物の人々に手を振りながら、ノエルちゃんと一緒にミキサーブースに戻る。
「お疲れ様でしたー」
スタッフさんたちに挨拶をして、帰る準備をしていると、ノエルちゃんから声を掛けられた。
「ねえ、あかりちゃん、この後時間あるかな?」
「うん、今日はこの後何も予定がないから、大丈夫だよ」
「だったら、うちに寄っていかない?うちのお店、今度クリスマス限定スイーツを出すから、その試食を頼まれてるの。それで、あかりちゃんにも協力してもらいたいんだ」
「わあ、楽しみ!……でもいいの?私も試食しちゃって」
「いいのいいの、一人だと食べきれなくて残しちゃうし、いろんな人の意見を聞きたいから」
……
というわけで、日の傾きかけたころ、すっかり冷え込んだ街を、二人で白い息を吐きながら歩いて、ノエルちゃんちのケーキ屋さんにやってきた。
「うわー、満員だ……」
メガネをかけて変装した私たち、お店の中を覗いてみたら、すごく繁盛していて、入り口のドアの内側には空席待ちの人々が数人、臨時で置かれた丸椅子に腰かけて並んでいた。
「あかりちゃん、こっちこっち」
小声で手招きするノエルちゃんに付いて行って、勝手口に案内される。
「ただいまー」
ノエルちゃんが、店内に響かないように控えめに声を掛けると、厨房から女性が出てきた。ノエルちゃんのママだ。
「ノエル、お帰りなさい。外、寒かったでしょう、ほっぺた真っ赤よ。……あら、あかりちゃんもいらっしゃい」
「お邪魔してます」
「ごめんなさいね、いま、お店の方が忙しくて……」
「いえ、お構いなく」
「ママ、例のクリスマス限定スイーツの試食をあかりちゃんにもしてもらおうと思って、来てもらったんだ」
「あらそうなの。あかりちゃん、わざわざ来てくれてありがとうね」
「こちらこそ、ノエルちゃんちのおいしいお菓子を試食できるなんて、嬉しいです」
「ふふっ。じゃあノエル、奥の冷蔵庫に入ってるから、お願いできるかしら?」
「うん、分かった。……あかりちゃん、こっちこっち」
そうして、音城家のダイニングに通される。
「じゃあ、ちょっと用意してくるね」
しばらくして、把手付きの大きなトレーに数種類のスイーツを載せて戻ってきた。
「わあ、おいしそう」
「いま、お茶を淹れるから、もう少し待っててね」
……
と、そんな感じで至福のティータイムを楽しみつつ、試食に勤しんでいた。
「次はこれがいいかな」
木の切り株のようなケーキ。
「あ、ブッシュ・ド・ノエルだ。クリスマスケーキの定番だよね」
「まあ、名前が名前だけに、むしろクリスマス以外にはあまり作らないよね」
慣れた手つきで≪クリスマスの丸太≫という名のケーキを切り分けてくれる。
「そっか……そういえば、ノエルちゃんの名前も、お誕生日から取ったんだっけ」
「うん、12月25日。……だから、私のパパとママも張り切っちゃって、毎年、ブッシュ・ド・ノエルは特に力を入れて作ってるんだよ。……はい、どうぞ」
断面も、きれいな木目模様になっていておいしそう。
「まずは一口……んーーー、クリームとスポンジのバランスが最高!」
ノエルちゃんも一口食べる。
「うん、今年もこのケーキだけは変わらずいつもの大好きな味」
「そっか、クリスマスの定番ってだけじゃなくて、この味が、ノエルちゃんちのお店の定番でもあるんだね。私もこれ大好き。定番になるのも分かるなあ。だって、これならいくらでも食べられそうだもん。単に甘いだけじゃなくて、たぶん、このクリームに何か秘密があるんだと思うんだけど、えーと……」
「うふふ、大好きなブッシュ・ド・ノエル、あかりちゃんも喜んでくれてうれしいな」
7
「ふう、もうお腹いっぱい」
試食が一段落して、ノエルちゃんが淹れ直してくれた紅茶を飲む。
「じゃあ、あかりちゃんから聞かせてもらった感想は、ちゃんとうちのパパとママに伝えておくね。それにしてもあかりちゃん、お菓子の味付けのすごく細かいところまで気付いてちゃんとコメントを言えるなんて、すごいなあ」
「えへへ、実はね、二年前、ポンポンクレープガールのオーディションを受けるときに、ひなきちゃんから『ポンポンクレープガールになったら、ちゃんとクレープのおいしさを伝えられないとね』って言われて、食べ物のおいしさを言葉で伝えられるように、≪おいしいの練習≫をしてたんだけどね、私がオーディションに受かってポンポンクレープガールになった後も、週に一回くらい、ひなきちゃんやスミレちゃんと一緒に、ずっと≪おいしいの練習≫をしてきたんだ」
「へー、やっぱり、アイドルも食レポのお仕事とかあるから、そういう練習も大事なんだね」
「これはひなきちゃんの経験談なんだけどね、別に、練習なんてしなくても、仕事で数をこなしていれば、そのうち通り一遍のことは言えるようになるんだって。でも、仕事だとどうしても、すごく限られた時間で、一口とか二口とかでコメントをしないといけないから、それだけやっていると、ただ決まりきったフレーズをしゃべるだけになっちゃうみたい。それだとあんまり面白くないでしょ。ひなきちゃんもそれで一時期悩んでたんだ」
「そうなんだ」
「それで、三人で、いろいろな食べ物を食べてみてね、時間とか気にせずに、自分たちで考えて、その食べ物のおいしさを表現する練習をしてるの。それが、≪おいしいの練習≫。最初のうちは、私やスミレちゃんは、言葉が出なくて変なジェスチャーでごまかしつつアワアワしちゃったり、逆にひなきちゃんは、脊髄反射的にどこかで聞いたようなフレーズばっかり出てきて、三人それぞれに落ち込んだりしてたんだけど、そうやってるうちに、少しずつ自分たちなりのコメントができるようになってきたかな」
「なるほどねー。……やっぱり、ルミナスの三人はすごいなあ」
「うーん、これに関しては、そういうところに気が付くひなきちゃんがすごいんだと思うけど。≪おいしいの練習≫もそうだし、ほら、さっきのラジオの、大好きはパワーをくれるって話もね、もともとは、オーディションを受ける前に、ポンポンクレープを大好きになっておこうっていう私の単なる思い付きだったんだけど、そういう単なる思い付きの中から、アイドル活動のヒントになるようなアイディアを拾い上げて、『大好きはパワーをくれる』みたいな言葉として具体的な形にできるのは、ひなきちゃんのすごいところだよね」
「うん。でも私は、あかりちゃんも、スミレちゃんもすごいと思うよ」
「えへへ……でも、私からすると、今年一番の驚きは、むしろノエルちゃんかなあ。だって、アイカツを始めて1年で、もうドリームアカデミー中等部の頂点に立っちゃうんだもん。私なんて、一年目のスターライトクイーンカップは一回戦敗退でダメダメだったしね。霧矢先輩も、ノエルちゃんが一年でここまで急成長したのに、どんな秘密があるんだろうって、不思議がってたよ」
「秘密……か……」
そうつぶやくと、ノエルちゃんは少し困ったような微笑みを浮かべて、視線を自分の手元のティーカップに落とした。
「……ノエルちゃん?」
「秘密なら、あるのかもしれない……」
「えっ?」
8
ティーカップに視線を落したまま、ノエルちゃんは話し出した。
「……ねえ、あかりちゃん、今年の春のドリアカーニバルの時にした話、覚えてる?」
「えーと、ノエルちゃんがアイドルになろうと思ったきっかけの話?」
「うん。あのとき私、いちごちゃんやお姉ちゃん、そしてあかりちゃんたちを見て、アイドルになりたいと思ったって話をしたと思うんだけど、実はもう一つ、誰にも言ってない理由があったの」
「もう一つの理由……」
「見て欲しかったんだ……私のことを……他の誰よりも……」
「……それは、ファンのみんなの視線を釘づけしたかったってこと?」
そうだとすると、控えめなノエルちゃんにしてはちょっと意外……と思った。でも、ノエルちゃんの答えは、少し違った。
「ううん……。ファン……といえばファンなのだけど……。私が望んでいたのは、たった一人のファンの視線……。いつも私の隣でアイドルのことを見ているときの、あのキラキラ輝いていたまなざしで、私のことも見てもらいたいなって……。ううん、他のアイドルよりも、他の誰よりも、あのキラキラ輝いてたまなざしを、私に向けて欲しいって……そう思ったんだ」
「いつもノエルちゃんの隣で……あっ」
私の脳裏に一人の男の子の顔が浮かんだ。
「うん……」
ノエルちゃんのほっぺたの赤みが増した気がした。そっか、ノエルちゃん、らいち君のこと……。でも、ノエルちゃんは、その想像を先回りするかのように慌てて否定する。
「あっ、でもねでもね、そういうのじゃなくて、憧れっていうか……。私もらいち君も、もともとファンの立場からアイカツ壁新聞を作っていたでしょ?らいち君は、私の何倍もアイドルに詳しくて、情熱をそそいで壁新聞を作っていた姿に、アイドルファンの先輩としての憧れみたいなものを感じていたの。それは、私や、あかりちゃんが、アイドルの先輩としてのいちごちゃんに感じているのと同じような感情なのかも」
「何となく分かるような気がするけど……」
「……らいち君に感化されて、ますます、私もアイドルの素晴らしさが分かるようになったし、そのおかげで、自分もアイドルになりたいって気持ちが少しずつ大きくなっていったんだと思う。だから、私は、ただアイドルになりたかったんじゃなくて、らいち君の目を釘付けにするようなアイドルになりたかったんだ」
「なるほど……。確かに、トップアイドルになりたいとか、そういう漠然とした目標よりも、誰か一人、この人の目を釘付けにしたいっていう強いモチベーションがあった方が、結果として、その一人だけではなくて、もっと多くのファンのみんなにも訴えかけられるアイドルになれるっていうのは、あるのかもしれないね……」
と、言ってみたものの、ノエルちゃんの話を聞いているうちに、私の心の中に、小さな引っかかりがあることに気が付いた。
「……ねえ、ノエルちゃん、この話を、いま、私にしてくれたの、何か理由があるんじゃない?」
「えっ?」
「なんかね、私、これと似たような話、さっきのラジオでもしてたから、気になっちゃって」
「……」
「もしかしたら、ノエルちゃんも、あの女の子と同じように悩んでるのかな……って。もしそうなら、私でよければ、何か手伝えることはないかな、って……」
少しの沈黙の後、ティーカップに目を落としたまま、ノエルちゃんは口を開いた。
「うん、そうだよね……いままでずっと、自分の気持ちをごまかそうとしてただけだったんだよね……。でも、さっきのラジオであかりちゃんの話を聞いてて、私、自分の気持ちに気づいちゃったんだと思う……」
そう独り言のように言った後、ノエルちゃんはこちらに向き直って、何かを決心したみたいな顔をした。そして、
「ねえ、あかりちゃん、聞いてもらっていいかな」
はっきりとした口調でそう言った。
「う、うん」
ちょっとドキドキしてきた。
「あのね、あかりちゃん……。そうなの……。私……前からずっと……好きだったみたい……。らいち君のこと……」
次第に増してゆく顔の赤みと反比例するように、その声はだんだんと小さくなっていった。
9
「それでね、あかりちゃん」
もう一度、紅茶を淹れなおしてしばらくたったころ、すっかり落ち着いた様子のノエルちゃんがこう切り出してきた。
「……その、らいち君を好きって気持ちはひとまず置いておいて……。私ね、今まで、らいち君からいろいろ貰ってばっかりだったから、そのお礼がしたいと思ってるんだ。……ほら、さっきラジオであかりちゃんが言っていたみたいに、私の感じたうれしいって気持ちを、らいち君に返していきたいって思ってて」
「うん」
「でも、そのためにはどうすればいいのかなって……。それをあかりちゃんに相談したいの」
「そっか……」
少し考えてみる。ノエルちゃんがらいちくんにできること……ノエルちゃんはお菓子作りが得意だから、ケーキでも作って贈る?それとも、女の子らしく、マフラーでも編んで……。
ううん、そうじゃないよね。
「ねえ、ノエルちゃん……。そのための方法って一つしかないんじゃないかな。それは、最高のステージを見せること。……だって、らいち君が後押ししてくれたおかげで、今のアイドルとしてのノエルちゃんがあるんだから、最高のステージを演じて、ノエルちゃんがこんなに素敵なアイドルになれたよ、ってところを見せるのが、らいち君への最高のお礼になるんじゃないかな」
「最高のステージ……そっか」
ノエルちゃんの表情が明るくなる。
「……そうだ、あかりちゃん、今度のクリスマス、12月25日に、ドリームアカデミーの特設ステージで、私のバースデーステージを開いてもらうことになったんだ」
「わあ、ノエルちゃんのバースデーステージ……じゃあ……」
「うん、そこにらいち君を呼んで、私のステージを観てもらいたい。……でね、そのステージにゲストを呼ぶことになっているんだけど、もし良かったら、あかりちゃんにも出てもらいたいんだ」
「そういうことなら、私も一肌脱がないとね。……うん、ちょうどクリスマスはスケジュールが空いてるし、それに、ノエルちゃんとは一緒のステージに立ってみたかったから、こうして誘ってくれてうれしいな」
「よかったー、あかりちゃんも居てくれたら心強いよ」
「じゃあさ、今度時間のあるときに、作戦会議しない?」
「作戦会議?」
「うん、どうやったら、らいち君に最高のステージを観てもらえるのか、それを二人で考えようと思って」
10
一週間後。ラジオを収録した後で、スタジオの前の坂を登ったところにあるカフェに入って、ノエルちゃんと二人でバースデーステージの作戦会議を開いている。
「セットリスト、だいぶ埋まってきたね」
「うん、あかりちゃんに協力してもらったおかげで、盛りだくさんのステージになりそう」
申し訳程度に変装した私たちの会話は弾んでいた。
「えへへ……あとは大トリだけど……」
「あ、それはね……」
みたいな感じで、和気藹々と話し合いを進めていった。
「それで、らいち君なんだけど、どうやって呼ぶつもり?」
少し声のトーンを落として聞いてみる。
「あ、それなら大丈夫かな。昨日キラキラッターでバースデーステージの告知をしたら、すぐにレスがあって、『ぜひアイカツ壁新聞の取材をしたい』って」
「あはは、らいち君らしいね。……でもそれじゃあ、あんまり特別って感じがしないけど、ちゃんと伝わるかな……ノエルちゃんの気持ち」
そんな私の疑問に、ノエルちゃんは落ち着いた様子で答えた。
「大丈夫だよ。私が最高のパフォーマンスさえできれば、きっと、らいち君になら伝わると思う。だって、らいち君だもん」
「……そっか、ノエルちゃん、本当に信頼してるんだね、らいち君のこと」
「うん……。だって、ずっと横で、見てきたから……」
ノエルちゃんの顔に紅を差したような赤みが浮かんでいた。
……そんなこんなで打ち合わせを終わらせて、二人でカフェを後にする。
「いいステージになりそうだね」
「うん、後は私が本番で、ベストを尽く……」
並んで月見坂を下っている途中で、ふいにノエルちゃんが立ち止まる。
「どうしたの、ノエルちゃん?」
ノエルちゃんの方を見ると、青ざめた顔で坂の下の方を見つめていた。
「あ、あかりちゃん、あれ……」
ノエルちゃんが指差したほうに視線を移すと、坂を横切る道を親しげに歩く男女二人組が見えた。そのうちの男の子の方は、すぐに誰か分かった。そして、その横に並んでいる女性は、私たちと同じように変装していたけど、その顔をじっくりと見てみると……。
「らいち君と……霧矢先輩……!?」
少し離れているので、ここからだと二人が何を話しているのかは全く分からないものの、この街のどこかでショッピングをしてきた帰りらしく、紙袋を手に提げて、楽しそうに話しながら歩いている二人の様子はまるで……恋人同士だった。
私たちは、二人の姿が建物の陰に消えてゆくまで、何も言えずにずっとそこに立ち尽くしていたのだった。
11
ノエルちゃんとそのまま別れるのが心配だった私は、スターライト学園の片隅にある私の住まい、通称《あかりちゃんち》に連れてきた。
「はい、これ、ココア」
「ありがとう、あかりちゃん……」
ゆっくりと口を付けるノエルちゃん。その様子を見てから、私もカップを手に取った。
しばらくして、ノエルちゃんが落ち着いた様子で口を開く。
「あのね、あかりちゃん……。私ね、何となくこうなるかもって、分かってたんだ……。だって、らいち君にとっての一番のアイドルは常に≪あおい姐さん≫なんだもん。らいち君が、他のアイドルを見るときと、あおいさんを見るときの目は、明らかに違っていたもの。しかも、らいち君のお姉さんの友達だから、何かのきっかけがあれば、そうなることもあるのかな……って」
穏やかな口調で続ける。
「でもね、さっき二人の様子を見て、最初はショックだったけど、だんだん時間が経つうちに、なんか諦めがついてきたような気がするんだ。だって、らいち君ったら、私が隣に居るときでも、二言目には≪あおい姐さん≫≪あおい姐さん≫なんだもん。多分最初から、私が入り込む余地なんてなかったんだと思うんだ」
「ノエルちゃん……」
ノエルちゃんは、少し俯きながら、自分に言い聞かせるような風に話を紡いでゆく。
「結局ね、私が好きになったらいち君は、あおいさんのことを一生懸命追っかけているらいち君だったの。その一生懸命な姿を見て、私も何か、一生懸命になれることが見つけられればなって思ったし、らいち君のおかげでそれを見つけることができた……。だから、らいち君にはすごく感謝しているし、今度のステージでそれを伝えたいって気持ちは、こうなってしまった今でも変わらないの」
一呼吸おいて、顔を上げて、私の方を見る。
「だからね、あかりちゃん」
「うん」
「今度のステージは、絶対に成功させたい。成功させて、『私は、こんなに一生懸命になれることを見つけたよ、それは、らいち君のおかげだよ』って伝えたい。そして、『私はもう、らいち君のもとを離れて、一人でもやっていけるよ』って……」
そこまで言ったところで、ノエルちゃんの目からは大粒の涙がぽろぽろと流れ落ちて来た。涙と引き換えに、そこから先の言葉は、もう出てこなかった。
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その後、ノエルちゃんは結局≪あかりちゃんち≫に泊まっていった。パジャマパーティーでは、ノエルちゃんのらいち君エピソードトークで盛り上がったんだけど、一度泣いたら吹っ切れたみたいで、ノエルちゃんの話しぶりにはもう悲しさみたいなものは感じられなかった。
次の日から、ノエルちゃんと私は、バースデーステージを成功させるべく、時間を見つけては打ち合わせをしたり、特訓をしたりした。そんなこんなで、あっという間に時は過ぎてゆき、今日は12月25日、ついにバースデーステージ当日がやってきた。
「それじゃノエルちゃん、頑張って来てね」
「うん、行ってくる。あかりちゃん、ステージの上で待ってるからね」
そう言うと、ノエルちゃんはフィッティングルームの中へと消えていった。
ステージはまず、ノエルちゃんのソロで幕が開き、そのまま3曲。
次に、私とのデュエットで3曲。
そして、ドリアカ高等部から、ノエルちゃんのお姉さんである音城セイラさん、冴草きいさん、風沢そらさん、姫里マリアさん、それに私による「ハッピーバースデートゥユー」のアカペラをバックに、ノエルちゃんによるケーキのロウソクを吹き消すイベント。
大いに盛り上がった後で、ノエルちゃんのMC。そして、ノエルちゃんのソロで、ステージは一旦幕を閉じた。
――アンコール、アンコール……
鳴りやまない拍手と、大きなアンコール。バックステージに戻ってきたノエルちゃんに、ミネラルウォーターを手渡しながら声を掛ける。
「完璧なステージだったよ、ノエルちゃん」
「ありがとう、これもあかりちゃんたちのおかげだよ」
「でも……ノエルちゃんにとっては、ここからが一番の気合の入れどころだよね」
「うん。頑張って、歌に私の気持ちを乗せてくる」
「行ってらっしゃい!」
手を高く差し出すと、ノエルちゃんはハイタッチをして、再びステージへと上って行った。
「……みなさん、今日は本当に来ていただき、ありがとうございました。こんな、素敵なステージができて、私はすごく感謝の気持ちでいっぱいです。これもひとえに、このステージを支えてくれたスタッフさん、あかりちゃん、お姉ちゃん、冴草先輩、風沢先輩、姫里先輩のおかげです。それにもちろん、観客の皆さんの声援も、私を勇気づけてくれました。……今日のステージだけではなく、私は本当に、いろんな人に支えられて、ここまで来られたんだなあって思います。次の曲は、そんな、私のことを支えてくれた人々への感謝の想いを伝えるために歌いたいと思います。この曲は、私がアイドルになるきっかけとなった大好きなアイドルの先輩が、そのまた先輩のアイドルに対する感謝の想いを歌ったものだそうです。まさに、今の私の想いを表現するのにピッタリだと思います。私も大好きな曲です。
……それでは聞いてください。『輝きのエチュード』」
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盛大な拍手に送られて、ノエルちゃんは戻ってきた。観客の人々が三々五々帰り始めたころ、楽屋にいた私とノエルちゃんのところへ、らいち君がやってきた。
「ノエルちゃん、すごいステージだったよ!僕もう感動して、今日は眠れないかも!」
「そう言ってくれてうれしいな」
「でも何か、ノエルちゃんが遠くにいっちゃったみたいで、少し寂しいかも」
「えー、そんなことないよ、私なんてまだまだ……」
いつもと変わらない様子で話す二人。私はそれを見ていて、少し甘酸っぱい気持ちになった。
「それじゃあ、取材をしようと思うんだけど、その前に……」
らいち君は、自分のカバンから、リボンでラッピングされた小さな紙の箱を取り出した。
「これ、僕からノエルちゃんに誕生日プレゼント」
「えっ?私に?」
「もちろん」
「開けていいかな?」
「どうぞどうぞ」
ノエルちゃんが包装を解いて、箱を開けると、中からは、小さな青い石をあしらったネックレスが出てきた。
「これって……」
「この一年、ずっとノエルちゃん頑張ってきたでしょ。僕も、そんなノエルちゃんの姿を見て、勇気をいっぱい貰ったんだ。だから、何かノエルちゃんにお礼の気持ちが伝えられたらな、と思って、そのネックレスを作ったんだ」
「えっ、これ、らいち君が作ったの?」
「うん。……実はね、あおい姐さんと蘭さんが最近、オリジナルアクセ作りにハマってるって、お姉ちゃんから聞いてね、それで、ノエルちゃんにプレゼントをしたいからって言って二人に頼み込んで、ネックレスの作り方をレクチャーしてもらったんだ。……なんか二人とも『ついにらいちも男になったか』って嬉しがってたけど、なんだったんだろうね」
……ん?
思わず私も話に割り込む。
「……ねえ、らいちくん、この間、霧矢先輩と、月見坂の下あたりを歩いてなかった?」
「あー、見られちゃった?あおい姐さんとのデート……じゃなくて、その時、いっしょにこのネックレスの材料を買いにいったんだ。その時は、蘭さんは仕事が入っていて一緒に行けなかったんだけど、そんなわけで二人きりだったから、あおい姐さんに『なんか、デートみたいで嬉しいです』って言ったんだ。でも、あおい姐さんったら、『なに言ってるの。らいちなんて弟みたいなもんよ』って言うんだよ。ひどくない?でも、まあ、僕はそれでも嬉しかったけど」
……どうやら、私たちに≪まるで恋人同士≫の姿に見えていたものは、そういうものではなくて、単に≪仲のいい姉弟≫の姿だったようです。
「というわけで、そのネックレスは、僕からノエルちゃんへの感謝の気持ち。ちょっと下手かもしれないけど……」
「ううん、すごく嬉しい!」
Happy Birthday、ノエルちゃん!