AoiMoeのおはなし

アイカツロス症候群のリハビリ活動二次創作

いちご、結婚するってよ ~エクストラステージ

前口上

まさかエクストラステージのほうが本編全部合わせたより長くなるなんてな……。1万5千字……。

次世代のアイカツ、始まります!フフッヒ

――私、星宮みかん。ごくごく普通の小学6年生。学校から帰ると、ママのお弁当屋さんのお手伝いをするのが日課になってるんだ。私のママは若いころ、アイドルをやっていたらしいんだけど、子供……つまり私が生まれるのをきっかけに引退したみたい。でも、私はママがアイドルをやっていた時の映像とか全然見たことがないし、私自身、アイドルには全く興味がなかったから、まさか、こんな私がアイドルになるなんて、考えたこともなかったんだ。

2

「ねえ、今日、うちに寄っていかない?私ね、みかんに話したいことがあるんだ……」

――この子は、私のクラスメイト、瀬名あかねちゃん。小学4年生の時に、私のクラスに転校してきたの。それ以来ずっと学年が変わっても同じクラスの親友。クールで面倒見がいいので、男女問わず同級生に人気があるんだ。

「そういえば、あかねの家に行くの初めてかも」

「ごめんね、うちは友達を呼びにくい事情があってね。でも、今日は特別。さあこっちよ……守衛さん、ただいま」

「はい、おかえりなさい」

「こ、こんにちはー」

エントランスの警備が厳重なマンションに入って、エレベーターで最上階に行く。

「さあ、上がって。今日は誰もいないから、遠慮しなくていいよ」

あかねといっしょにリビングのソファーに座る。

「話をする前に、ちょっとみかんに見てもらいたい映像があるの」

そう言うと、リモコンを操作しはじめた。

テレビの画面には、どこかのアリーナかドーム球場か、そういった感じのところに満員の観客が映し出されている。観客の前には広々としたステージ。その中央には、ノースリーブの白いワンピースを着て、胸のところには青い花のコサージュを付けた、一人の若い女の人がマイクを持って立っていた。カメラが切り替わって、アップになる。

「あれっ、もしかしてこの人、大空あかり?朝の情報番組で、お天気お姉さんをやってるよね……でも、すごく若いような……」

「そう。そのアイドル時代。もう20年くらい前の映像ね」

「へー、大空あかりってアイドルだったんだ」

画面の中の大空あかりがMCを始めた。

『本日は、私の尊敬する先輩であり、そして、私が小さいころから大ファンだったアイドルの、新たなる門出を祝う、このライブにお越しいただき、まことにありがとうございます。本日の案内役を務めさせていただきます大空あかりです。今日はよろしくお願いします』

おじぎをする。観客から巻き起こる拍手。

「ちょっと待ってね、いま、アイカツホームシアターを起動するから」

アイカツホームシアター?」

(ぴっ)

(ぶーーーーーん)

あかねがリモコンを操作すると、いままでリビングだった空間から、部屋の壁や家具が消え失せて、まるで、ライブ会場のステージの真ん前にいるような情景になった。

「うわあ、すごい……」

目の前では大空あかりがMCを続けていたけど、アイカツホームシアターの迫力に圧されて内容が頭に入ってこなかった。でも……

『それでは、本日の主役をお迎えいたしましょう。……星宮いちご!』

「えっ?」

舞台セットが一瞬で転換し、大空あかりがどこかに消えて、代わりに飛び出して来たのは、ピンク色のドレスを着た、星宮いちご。……つまり、私のママだ。

♪さあ 行こう光る 未来へほら 夢を連れて……

イントロなしで、いきなりサビから始まるアップテンポな曲。

「これが……星宮いちご……これが……アイドルなんだ……すごい……」

初めて見る、アイドル時代のママ。その歌、そのダンスから、ずっと目が離せなくて、釘付けになってしまった。

一曲終わって、そのまま次の曲のイントロが始まった。

『あかり!』

『はい!』

ママと対になるようなピンクのドレスを着た大空あかりがステージに入って来て、デュエットの曲を歌う。大空あかりも、ママに負けないくらいすごい。

「すごい、すごい、すごい!」

ステージの迫力と、観客のボルテージにも押されて、いつの間にか私とあかねは立ち上がって声援を上げていた。

……

「ふう、ふう、ふう……」

デュエットのメドレー三曲が終わったところで、すっかり私の息が上がってしまった。あかねがリモコンを操作する。

(ぴっ)

(ぶーーーーーん)

周りの風景がリビングに戻る。テレビの画面には、微笑みながら手を振るママと大空あかりが一時停止している。

「ちょっと休憩にしよっか」

あかねはキッチンに行って、オレンジジュースの入ったコップを二つ持って戻って来た。

「どう?……みかんは、自分のお母さんのステージを観るのは初めてだっけ?」

「うん。……すごかった。ママも、大空あかりも……でも、どうしてこれを私に?」

あかねは、何かを決心したように話し出す。

「実はね……。いままで、変な噂にならないように学校のみんなには内緒にしてたんだけど、みかんには話すね。……私のお母さんの名前は、瀬名あかり」

そう言って指差したのは、テレビ画面に静止している大空あかり。

「旧姓、大空あかり。そう、私のお母さんも、アイドルだったの」

「えっ?ええーーーーー!?」

「でね、私も、小学校を卒業したら、アイドルになりたいと思ってるんだ」

3

あかねの《告白》を聞いた後、一週間くらいぼーっとして、何をやっても上の空だった。もちろん、あかねのママがあの大空あかりだったということや、あかねがアイドルを目指しているということにも驚いたけど、それよりも何よりも、初めて観たアイドルのステージの迫力、観客の熱量、そして、一様に楽しそうに歌うアイドルたちの魅力に浮かされて、何も手に付かなくなってしまった。そして、時間が経つにつれて、今まで考えたこともなかった感情が芽生えてきた。

「ママ、私、アイドルになりたい!」

そう言うと、ママはちょっと驚いた表情を見せたけど、

「そっか……みかんももうそんな年頃なのね。……アイドルは、大変なこともたくさんあるけれど、素敵なお仕事よ。……頑張って。ママも応援してる」

と言ってくれた。

4

教室で、あかねと向かい合わせになって座る。

「アイドルになりたいなら、まずはスターライト学園に入らないとね」

「そうなんだ」

「みかんのお母さんも、そして私のお母さんも、スターライト学園の卒業生なの。そして、今の世の中で活躍する現役アイドルたちも、その多くはスターライト学園の在校生や卒業生よ。知らなかった?」

「全然」

「ほんと、みかんはアイドルのことは何も知らないのね……。まあいいわ。それでね、何もしないでも入れる公立の中学校とは違って、当然入学試験があるの。そして、スターライト学園はアイドルになるための学校。だから、試験も当然アイドルに関係した知識を見る筆記試験と、歌やダンスの能力を見る実技試験を受けることになるってわけ」

「うー、大変そう……」

「入学試験は一か月後。……ところで、みかんはレッスンとか受けたこと、なかったわよね」

「うん」

「だから、これから一か月間、私がみっちり、知識と技能を身につけさせてあげる」

「でも、それじゃあ自分の勉強や練習ができないんじゃ……」

「大丈夫。私はもう知識には自信があるし、基礎的な実技能力もしっかりと身についているから、あとは少しずつそれを洗練させていくだけ。それにね、人に教えるというのも、それはそれで理解を深めるし、鍛錬にもなるのよ」

「そっか。ありがとう」

「どういたしまして。でも、これは私の将来のためでもあるの……私はね、いつか、トップアイドルになることを目指しているのよ」

「トップ……アイドル……」

「トップアイドルになるためには、もちろん、自分自身を磨き続けていく努力が必要になるけど、でも、それだけではダメなの。そのためには、目の前に強力なライバルが現れて、お互い競い合って伸びていかなければいけないと言われているわ。私はね……みかん、あなたが、私のライバルになる子だと思ってるのよ」

「……え、ええーーーーーーーーー!?な、何で?この間まで、全然アイドルに興味がなかった私が?ライバル?」

「私には分かるの。みかんには才能がある」

「それは、私が星宮いちごの娘だから……?」

「いいえ。みかんにはみかんにしかない輝きを秘めてる」

「私にしかない輝き……」

「……それにね、どうせなら、やっぱり、親友と一緒に一つの夢を追いかけたいじゃない」

5

私たちは一か月間みっちりと特訓をして、あっというまに試験当日となった。

「ほえー、これ全部受験生?一体何人いるの?」

「推定一万人。そのうち受かるのは3クラス分の45人程度」

「すごい倍率……」

「がんばって、みかん。大丈夫。あなたなら合格できるわ」

「うん。あかねも頑張ってね」

これまで、やれるだけのことはやった。後は、実力を出し切るだけだ。

6

「3214……3214っと……あった!私の番号!あったよ、みかん!」

「やったね、あかね!」

「次は、みかんの番号。みかんは何番だっけ?」

「6666番」

「うわ、なんか不吉」

「えー?ゾロ目だよ、ゾロ目」

「えーと、6530……6642…………6710…………」

「……」

「……無いわね……」

「あかね……私……落ちた……落ちちゃったよ……うう……」

「そ、そんな……。……あれ、ちょっと待って……、隣の掲示板に何か書いてある……合格保留者?1420……3984……6666……!」

「あ、あった……!でも、合格保留者って?」

「ちょっと待ってね……えーと、『合格保留者は、このあと職員に従ってガイダンスを受けてください』だって」

「なんだろう……」

(ぴんぽんぱんぽーん)

『合格保留者の方は、これからガイダンスを行いますので、講堂に集合してください』

「あ、みかん、さっそく呼び出されてるよ」

「う、うん、じゃあ、ちょっと行ってくるね」

「校門で待ってるからね」

7

「で、どうだった?」

「なんかね……

『ここにお集まりいただいたみなさんは、合格に今一歩のところで得点が足りませんでした。従って、このままでは、当学園に入学していただくことはできません。……ですが、他の不合格者とは違い、ここに残っているあなた方には、それぞれに何か光るものがあると、試験官によって判断されました。そこで、あなた方にはもう一度だけチャンスが与えられます。期間は一週間。その間に、≪アイドルにとって本当に大切なこと≫を見つけ出し、来週、もう一度学園に来て、再試験を受けてください。試験の内容は、実技試験。それも、ステージ一回だけ。歌う曲は自由。……悔いの残らないように頑張ってください』

……だって」

「やったね、みかん、これに受かれば、あなたもスターライト学園の生徒になれるよ!」

「でも、≪アイドルにとって本当に大切なこと≫って、何だろうね……」

「うーん……」

8

「学園長……いいんですか?」

「……何が?」

「星宮みかんですよ。彼女は、文句なしの合格点だった。それなのに、合格を保留するだなんて、試験の公平さに欠けるんじゃ……」

「あのね……私たちには、試験の公平さよりももっと大切なことがあるの。……それは、本人たちが夢をちゃんと叶えられるかどうか。幸せな未来を切り拓けるかどうか。たとえ、うちの生徒になれなかったとしても、彼女たちの人生が素晴らしいものであって欲しい。これが一番大事なことなの」

「はい」

「あなたも分かっているでしょ。星宮みかん……彼女は、あの星宮いちごの娘よ。当然、世間からはそれ相応の期待を受ける。普通の子と同じ基準の合格点では全然足りない。今のままでは、周囲の期待の重圧の中、この学園で半年もやっていけるとは思えない。その重圧を跳ね返すだけの強さが、まだ、彼女には見いだせないのよ」

「強さ……ですか」

「そう。私の知っている星宮いちごには、その強さがあった。そして、星宮みかんはその星宮いちごの娘。ひょっとしたら……」

「ひょっとする……と」

「ええ。……ほら、≪男子三日会わざれば刮目して見よ≫って言うじゃない。それは、男の子に限らない。女の子だってそうよ。……彼女はまだまだ変わっていける。この一週間で、彼女が自分の力で、≪アイドルにとって本当に必要なこと≫を見つけられたならば……その時、星宮みかんは、この学園に立ち続けられるだけの強さを身につけることができているんじゃないかしらね」

9

「ねえママ」

「ん?」

「≪アイドルにとって本当に大切なこと≫って、何かな」

「んー、それは、みかんが自分自身で見つけないとダメかなー」

「そうだよね……」

「……みかんは、何でアイドルになりたいって思うの?」

「それは……この間、あかねの家で見た、アイドル時代のママや、その仲間のアイドルの人たちが、みんなキラキラ輝いていて、私もこういう風になりたい!……って、思ったからかな……」

「そっか。……昔ね、私の親友が、こんなこと言ってたんだ。『アイドルの条件その1。それは、なりたいと思う気持ち』ってね……。大丈夫、みかんにはもうそれがある。だから、頑張って」

「うん。ありがとう、ママ……あっそうだ、忘れてた。このあと、おばさんのお店で、あかねと一緒にパフェを食べながら、今後の打ち合わせをするんだった。パフェ楽しみだなー。早くパフェ食べたいなー。……というわけで、行ってきまーす」

たったった……

「……大丈夫かな、あの子。ほんとマイペース。誰に似たんだか……」

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「うーん、みかんパフェ、おいしー」

「もう、あんまり食べ過ぎると太るわよ」

「だいじょぶだいじょぶ。……それで、あかね、何か分かった?」

「私も、うちのお母さんに『≪アイドルにとって本当に大切なこと≫って何かな』って、聞いてみたんだ」

「どうだった?」

「そうしたら、うちのお母さん、『そうだなぁ……とりあえず、崖登りかな!』だって……」

「が、崖登り!?」

11

「というわけで、来ちゃいました……崖!」

「うわー、高い。……あかね、ここは?」

「ここは、エンジェリーマウンテン。ファッションブランド≪エンジェリーシュガー≫は長年この崖の上に本拠地を置いているわ」

「で、でも、これはちょっと高すぎない?本当に、これ登るの?……あれ、あそこに誰かいるよ?」

見知らぬお姉さんが、崖の前でストレッチをしていた。

「ホントだ、あの人も、この崖を登りに来たのかな……」

二人でその人を見ていたら、向こうもこちらに気付いたようで、こっちにやってきた。

「あら、あなたたちも崖登りですか?」

ピンク色の長い髪を後ろにまとめ、トレーニングウェアを着たお姉さんは、はるかに年下の私たちにも丁寧な敬語で話しかけてきた。

「あれ、もしかして……」

あかねがそう言うと、お姉さんは口の前に人差し指を立ててウィンクをした。

「あかね、どうしたの?」

「あ、何でもない。気のせいだったみたい。……と、ところで、お姉さんも崖登りですか?」

「ええ、お仕事のアイディアに詰まると、いつもここで崖を登って気分転換をしているんです。まだ駆け出しのころ、この崖を登り切って、その結果、大切なものをつかむことができました。だから、初心を忘れないために、っていう気持ちもありますね」

「大切なもの……」

「ところで、あなたたち、崖を登ったことはありますか?」

「いえ、一度も。あかねは?」

「私もないわ」

「わかりました。じゃあ私が、崖の登り方を教えてあげましょう」

12

「ほら、もう少しですよ、頑張ってください!」

「ふうっ、ふうっ、ふーーーーっ、つ、着いたーーーー!!」

私とあかね、なんとかお姉さんに付いて、この崖を登り切った。

「はい、二人とも、よく頑張りましたね。じゃあ、ご褒美です。ほら、後ろを見てみてください」

「うわあ……」

眼下に広がる森。そして、遠くのほうには、私たちの住む街の建物が乱立し、それらを赤い夕焼けの光が照らしている。

「どうですか?ここから眺める街の風景が大好きなんですよ」

「はい、私も好きになりました」

「私もです」

「ふふっ。……あなたたち、スターライト学園の生徒ですか?」

「ええと、私はこの間の入学試験に合格したんですけど、この子が合格保留になっちゃって、今度再試験があるんです……」

「そうでしたか……。見てください……同じ街を見たとしても、街の中から見るのと、こうして遠く離れて高いところから見てみるのとでは、ずいぶん見え方が違ってくるものです。ここからでは小さく見えるあの建物の一つ一つにも、たくさんの人たちが住んでいて、それぞれの想いを持って暮らしています。……アイドルのステージもそうですね。観客席の中から見るのと、ステージの高いところから見るのとでは当然、見えるものが違うと思うんです。ステージからでは遠すぎて顔もよく見えないような無数のお客さんにも、みんなそれぞれの想いがあって、一生懸命ステージの上に立つアイドルを応援してくれます。そんなお客さん一人一人に、幸せな気持ちを届けられる。……素敵ですよね、アイドルって」

「はい」

「そうだ、お姉さんから、あなたに、再試験のお守りをあげましょう」

「えっ?」

「はい。これは、≪ピンクリボンアクセ≫のカードですよ。これを頭につけて踊ると、楽しい気分になること請け合いです。……あなたは『芸能人はカードが命』って言葉を知っていますか?」

「はい、聞いたことがあります」

「カードは、アイドルに力を与えてくれます。その力を味方につけて、頑張ってくださいね!」

「あ、あの、お姉さんは一体?」

「そんなことより、そろそろ暗くなってしまいますから、ほら、二人とも早く帰らないと」

「あっ、ホントだ。みかん、いそいで帰らないと夜になっちゃう」

「あそこに、ふもとまで一気に降りられる高速エレベーターがありますから、それに乗るといいですよ」

「お姉さん、崖登りを教えてくれただけじゃなくって、カードまでくれて、本当にありがとうございました」

「どういたしまして。気を付けて帰るんですよ」

エレベーターのほうに走り出す私たち。突然あかねが立ち止まって、お姉さんのほうに振り向いてお辞儀をした。

「あかね、どうしたのー、早く帰るよー」

13

次の日、学校に行くと、あかねがスターライト学園に合格したという話題で持ちきりだった。

「それでね、私たち、もうすぐ卒業しちゃうじゃない。だから、小学校最後の思い出に、体育館であかねちゃんのステージをやってもらえないかなって」

クラスメイトたちがあかねにそんなお願いをしている。

「うん、いいわよ。……でも、私一人じゃなくて、みかんと一緒。それでいいならね」

「え、ええーー!!私も一緒!?」

……それからというもの、クラスメイトたちは、あかねと私のステージを開くために走り回ってくれた。先生へ掛け合って体育館の使用許可を取り付けたり、舞台を飾り付けたり、衣装を作ったり、放送クラブからマイクやスピーカーなどの設備を借りてきたり……。その間、私たちはステージのための練習をしていた。

「はい、これ、二人に差し入れ」

クラスメイトの一人が、お茶のペットボトルを持ってきてくれた。

「ありがとう。でも、みんな準備大変じゃない?私たちにも何かできることがあれば手伝うよ」

「ダメだよ。私たちに最高のステージを観せてくれるように練習するのが、今の二人の一番大切な役目なんだから。それにね、私たちも、あなたたちのステージの準備をするのがすごく楽しいんだ。なんか、みんなで一つのステージを作り上げるみたいな感じで、こういう裏方の仕事も楽しいの」

「そっか。そう言われちゃうと、私たちも頑張らないとね、みかん」

「うん!」

そして、金曜日の放課後。体育館には、小学校の全校生徒と先生たちが集まって、満員になっていた。

「ううー、緊張する……」

舞台のそでに待機する私とあかね。

「大丈夫だよ、みかん。私が付いてる。……それに、私だけじゃないよ、クラスのみんなも、このステージが成功するよう、私たちのことを支えてくれてるんだから。ほら、見て」

あかねが指さした先には、クラスのみんなが、照明や音響機材なんかのところでスタンバイして、私たちのほうに小さく手を振ってくれていた。

「みんなが……支えてくれてる……」

そう思うと、少しずつ緊張がほぐれてきた。

「さ、行くよ、みかん!」

14

翌日。スターライト学園の再試験の日だ。

「みかん、準備はOK?」

「うん。……あかね、私ね、分かったよ、≪アイドルにとって本当に大切なこと≫」

「そっか。じゃあ、今日の試験も大丈夫だね。私も観客席から見てるから、頑張ってきて」

「ありがとう」

そして、私の順番がやってきた。

「再試験番号3番。星宮みかん」

「はい!」

学園が用意しているカードから服と靴を選び、そこに、崖のお姉さんからもらった≪ピンクリボンアクセ≫のカードを加える。フィッティングルームを潜り抜けて、ステージに立つ。歌う曲はやっぱり≪アイドル活動!≫。

♪さあ 行こう光る 未来へほら 夢を連れて……

楽しい、楽しい、楽しい!いつまでも、このステージに立っていたい。昨日のステージもそうだったけれど、こうやってお客さんたちに、私の歌を届けて、笑顔になってもらいたい。そして、このステージを支えてくれている裏方の人々や、ドレスを作ってくれた人々の頑張りに応えたい!そんなことを考えながら、一生懸命歌ったんだ。

15

ステージ終了後、控室で結果を待つように言われた。そこに、あかねがやってきた。

「おつかれ、みかん。今日は頑張ったね。すっごい良いステージだったよ。なんといっても……」

(コンコン)

扉がノックされた。

「はーい」

(ガチャッ)

扉が開くと、一人の女性が入ってきた。

「えっ、ウソ……」

あかねが両手を口に当てて驚いた表情を見せる。

「おつかれさま、星宮みかん。私はこのスターライト学園の学園長の……」

「キャーーー!!」

突然奇声を上げるあかね。

「あ、あのあのあの、霧矢あおいさんですよね!わ、私、ずっと霧矢さんのファンで、えっと、その、霧矢さんにあこがれて、アイドルになろうと思ったんです!」

いつもクールなあかねとは思えない、突然の豹変っぷりに、しばらく私と、そして、目の前の女性も、ポカーンとしていた。

「ちょ、ちょっとあかね、落ち着いて」

「……あ、すみません、私ったら……」

「ふふ、分かるわよ、その穏やかじゃない気持ち。……では、改めて、コホン。私はこのスターライト学園の学園長の霧矢あおいです。星宮みかん……おめでとう。あなたは再試験に合格しました」

「あ、ありがとうございます、学園長!」

「おめでとう、みかん!やったね!」

「うん、うん!」

そう言いながら、二人で抱き合う。

(パシャッ、パシャッ)

どこからかカメラを取り出して、私たちの様子を撮り始める学園長。

「ちょっとちょっと学園長、いきなりそんな風に写真を撮り始めたら、この子たちビックリするじゃないですか……でも後で僕にも焼き増ししてくださいね」

「あはは、レア写真だと思ったら、ついね、つい」

いつのまにか一人の男の人が入ってきていた。

「あれっ、らいちおじさん?どうしてこんなところにいるの?」

らいちおじさんは、ママの弟で、サッカー解説者「RAICHI」としてお茶の間でもおなじみだ。

「どうしてはないだろう、みかん。僕は、このスターライト学園の学園長代理なんだから、ここにいても何の不思議もない。ですよね、学園長」

「そうね、RAICHI先生」

「え、ええーーーーーー!?全然知らなかった……。でも、代理って……」

「学園長代理って言うのはね、学園長が忙しかったりして、その職務を全うできないときに、学園長に代わってその職務を行う人のことよ。霧矢学園長は、今でも映画やドラマの仕事で忙しいから、常に学園長代理のポストを用意してるって訳。学園実務の事実上のトップってところかしら」

「へー、そうなんだ。やっぱりあかねは物知りだね」

「常識よ、常識」

「ま、それはそれとして……星宮みかん、今日は素晴らしいステージだったわ。特に、スペシャルアピール。入試でスペシャルアピールを出す子は、なかなかいないわ」

「ありがとうございます。何か出ちゃいました」

「うんうん、そういうところ、いちごそっくりね」

「えっ、ママですか?」

「そう、あなたのお母さんもね、このスターライト学園の編入試験でいきなりスペシャルアピールを出して、やっぱり同じように『何か出ちゃいました』って言ってたわ」

「へー」

「でもね、星宮みかん。あなたはその伝説のアイドル、星宮いちごの娘。……だから、あなたは常にいちごと比較される運命にあるわ。これは大空あかりの娘である瀬名あかね、あなたも同じね。二人とも、その覚悟を決めないとダメよ」

「……学園長、一つお聞きしたいんですが、ママって、そんなにすごいアイドルだったんですか?」

「ええ、それはまさに伝説と言っていいくらいの……。って、ひょっとして、あなた、お母さんのアイドル時代のこと、全然知らないの?」

「はい……この間、あかねに映像を見せてもらったのが初めてだったので」

「そっか……。まあ、それもまた、いちごらしいのかな……。あっと、もうこんな時間。そろそろ私は次の現場に行かないといけないわ。いちごのことは追々レクチャーしてあげるとして、さっき私が言ったこと、ちゃんと二人とも肝に銘じておくように」

「「はい!」」

「じゃ、RAICHI先生、手続きとかそういうことは頼んだわよ」

「わかりました、学園長」

16

その帰り道。

「それにしても、てっきり私、あかねはあかねのママにあこがれてアイドルになりたいのかと思ってたよ」

「確かに、お母さんの影響ってのも少しはあるかな……。でも、あれは忘れもしない小2の春。初めて、霧矢あおいのミュージックビデオを見て、衝撃を受けたの。私たちが生まれるはるか前の映像なのに、今見ても全然古くない。それどころか、今のどんなミュージックビデオよりも新しかった。……それ以来、私は霧矢あおいの虜になってしまったわ」

「ふーん。私は霧矢あおいって言うと、イケナイ警視総監の人っていう印象しかないけどなあ」

「うんうん、あのシリーズもいいわよね!私、その前身のイケナイ刑事シリーズからイケナイ警視総監まで全部見て、あらゆるセリフを暗記しているわよ」

「そ、そうなんだ……」

それで、どことなくあかねの話し方が学園長に似ているわけだ……。

「そういえば、さっきママに電話したら、『これから合格祝いをするから、あかねちゃんも連れてきなさい』って」

「うん、わかった」

17

「ただいまー」

「お帰りー。そして、おめでとう、みかん」

「うん、ありがとう。あかねも連れてきたよ」

「こんにちは」

「あかねちゃんも、少し遅くなったけど、合格おめでとうね。さて、もう少しでパーティの準備ができるんだけど、今日はサプライズゲストが来てまーす」

「誰だろう……」

「じゃーん」

キッチンののれんをくぐって出てきたのは……。

「みかんちゃん、合格おめでとう!大空あかりです!」

「お母さん!?」

「えへへ、星宮先輩に呼ばれちゃってね。みかんちゃんとあかねのお祝いをするって言うから、お母さん、仕事をさっさと切り上げてきたよ」

「大丈夫なの?もう……」

「うん、大丈夫大丈夫、急いで論文を一本書き上げてきたから。≪関東平野における、降雨の東西傾向と年次推移≫っていうのなんだけどね、最近関東平野の……」

「ああもう、お天気の話はいいからっ」

「ほえー、本当にママ、テレビの人と知り合いだったんだ……」

「フフッヒ」

「テレビの人って……。みかん、このまえ観たでしょ、二人が一緒に歌ってるところ」

「えへへ、そうだった」

「はいはい二人とも、準備ができたから、そこに座って座って」

「はーい」

「それでは、パーティを始めます。あかねちゃん、みかん……」

「「合格おめでとう!」」

「それじゃあ、みんなコップを持って……」

「「「「かんぱーい!!!」」」」

18

そんなこんなで、4月。中学一年生になった私たちは、着慣れない制服を着て、スターライト学園の正門をくぐった。まずは、インフォメーションエリアで寮の部屋割りとクラス分けを確認する。

「よかったね、あかね。クラスも寮の部屋もいっしょで」

「うん」

二人で話していると、後ろから声が聞こえた。

「ちょーーーっとお待ちなさい、瀬名あかねさん!あなたのルームメイトに相応しいのは、このわたくしですわよ!」

振り返ると、そこには一人の女の子が立っていた。前髪パッツンに肩まで伸ばしたピンク色のセミロングヘア……いわゆる姫カットだ。あかねが反応する。

「あれ、もしかして、桃花(とうか)?」

「いかにも、わたくし、北大路桃花ですわ。お久しぶりね、あかねさん」

「あかね、知り合い?」

「うん、転校前の小学校のクラスメイトよ。そっか、あなたも……」

「当然でしょ、わたくしのお母さまは、かつて≪ステージに咲く氷の華≫と言われて一世を風靡したアイドル氷上スミレ、そしておばさまは、昔はスターライトクイーンとしてこの学園のアイドルの頂点に上り詰め、今でも各界で活躍中の北大路さくらなのですから、このわたくしも、アイドルになるのを運命付けられたようなものなのですわ」

「ふーん。あ、私、星宮みかん。小学校であかねと友達だったんだ。よろしくね、桃花ちゃん!」

「あっ、こちらこそよろしくお願いいたしますわ……って、そうじゃなくて!どうしてあなたがあかねさんのルームメイトなんですの!?」

「どうして、って言われても、学園の決めたことだから……」

「分かりましたわ、じゃあこうしましょう。あなたとわたくしでステージ勝負をして、勝ったほうがルームメイトということでいかが?」

「桃花、全然話を聞いてないわね……」

そこに、一人の女性がやってきた。

「あら、何かあったの?」

「あ、霧矢学園長、おはようございます。実は、かくかくしかじかで……」

「そう……。いいわよ、二人で勝負して決めなさい」

「ええーーーーー!?」

「そ、そんな適当なことでいいんですか?」

「だって、そのほうが面白いじゃない」

「決まりましたわね!」

(バン)

いきなり周囲が暗転して、桃花ちゃんにスポットライトが照らされる。

「うわ、何これ」

霧矢学園長が解説を始める。

「これは北大路劇場。北大路家の人々は、感情が高ぶると、こうなってしまうのよ。全くもって穏やかじゃないわね」

セリフづいた節をつけて、桃花ちゃんがしゃべりだす。

「さ~あ、星宮みかんさん、わたくしとぉ~、いざ、尋常に、勝負、勝負~~……ですわよ!」

「そんなーーーー!!」

――そんなこんなで波乱のうちに始まった、私たちのアイドルカツドウ。このあと、あかねや桃花ちゃんとユニットを組んだり、一癖も二癖もある同級生たちとも仲良くなったり、いろんなことがあるんだけど、それはまたの機会に。アイカツネクストジェネレーション、始まります!

(いちご、結婚するってよ――完)

おまけ~大人たちの憂鬱

RAICHIとカオル

さて、話は少し前に遡る。

「RAICHI先生、娘さんが面会に来ていますが、お通ししますか?」

「娘……はい、分かりました。通してください」

しばらくして、茶色のツインテールとロングスカートを揺らしながら近づいてくる人影が一つ。その姿だけは、母親の子供時代にそっくりだ。

「やっほー、パパ」

「カオルか。話があるなら家ですればいいものを……それで、今日は何の用だ?」

「実はね、今日はパパに報告することがあって。ボク、このスターライト学園の入試を受けることになったんだ」

「な、何を言ってるんだ?そんなのダメに決まってるだろ」

「でも、霧矢学園長はいいって言ってくれたよ」

「え、僕はそんなこと一言も聞いてないぞ?だいたい、お前……」

二人の会話を聞きつけて、学園長がやってきた。

「あ、霧矢学園長、お久しぶりです」

「あら、カオル。この間電話をくれた件、ちゃんと理事会で承認されたわよ」

「よかった、ありがとうございます」

「え、学園長、何ですか、その嫌な予感しかしない承認事項は……」

「もちろん、音城カオルが合格した暁には、寮の離れに風呂付きの一人部屋を用意するという件よ……もしかしてカオル、あなたお父さんに内緒にしてたの?」

「はい、だって、反対されるのがわかってましたから。でも、ママも賛成してくれましたから平気です」

「えええー?今日、家を出てくるときには何も言ってなかったけど……」

「だって、パパ反対するから口止めしといたんだもん」

「ふふふ、あなた、外堀から全部埋めてきたのね。全くもって穏やかじゃないわね、そのやりかた」

「で、でも、学園長、いいんですか?こいつ、男ですよ!」

「そんなこと分かってるわよ。だから、特例として理事会に認めさせて来たんじゃない。……あのね、RAICHI先生、これだけかわいい≪男の娘≫、カネや太鼓で探しても出てくるもんじゃないんだから、我がスターライト学園としては放っておけるわけがないじゃない。だって、もし、うちで受験できなかったとしたら、その時は……」

そう言って、カオルのほうを見る。

「はい、ドリームアカデミーを受験します」

「……ということよ。そもそも、この子の母親の音城ノエルは、ドリアカの卒業生なのだから、そのほうが自然ともいえる。あのティアラ学園長の性格、あなたも分かっているでしょう。……絶対に合格よね。でも、そんなことになったら、スターライト学園としては全部この子に話題を持っていかれてピンチになるかもしれない。そうなったら、RAICHI先生、あなた、責任を取れるのかしら?」

「うう……分かりましたよ……」

「やったー、パパ、大好き!」

「全く、しらじらしい……」

「ふふ、女装してスターライト学園に入ろうとするなんて、一体誰に似たのかしらねー」

北大路家の事情

入学式の後。

「そういえば北大路、あなたのご尊父が先ほど挨拶に見えてね、『娘のこと、くれぐれもよろしくお願いします』と言っておられたのだけど、何かやつれた様子で心配だったわ」

「まあ、お父さまったら、まだ吹っ切れられていないのですね、わたくしが親元を離れてスターライト学園に入ることを」

「もしかして、北大路もアイドルになることを反対されていたのかしら?」

「はい。……と、いうことは、学園長はおばさまの件をご存じで?」

「ええ、実際に横で見ていたもの。あの時は、『妹をこんなところには置いておけない、連れて帰る!』って、すごい剣幕だったわ」

「お父さま、ちょっとわたくしに対しても過保護なところがありまして、わたくしがスターライト学園に入りたいと申しましたら、『許さん』の一点張りで」

「よく説得できたわね」

「ええ。わたくしだけだとお許しいただけないのは火を見るよりも明らかでしたから、お母さまとおばさまに一緒についてきてもらいまして。お母さまは、しばらくわたくしとお父さまとのやりとりを黙って見ていましたが、やおら口を開くと、『あなた。歌手としての将来と引き換えに、私が梨園に一生を捧げることになったのは、私自身も承知の上でのことですから今更何も申しません。ですが、娘の桃花の夢は私の夢も同じ。それまでも奪うおつもりですか?』と。そして、おばさまは『お兄様。わたくしの時も同じようなことをおっしゃっていましたが、いい加減妹離れ子離れをなさったらいかがですか?』と。……二人とも、口調は至って穏やかなものでしたが、それはそれはすごい迫力で。お父さま、みるみるうちに顔が青ざめてしまいまして、ちょっと見ていて可哀想でしたわ」

「北大路家の女たち、全くもって穏やかじゃないわね……」

アイカツマンション最上階

「それにしても、いちごの娘と大空の娘がスターライトに入るなんて、もうそんなに経ったんだな」

「ホントにね」

「それにしても……。ねえ……あおいさん」

「なあに?蘭さん、改まって」

「みんな順調に結婚して子供も育ててるっていうのに、あたしらだけが行き遅れてるの……あの時、ウェディングドレスを着たせいじゃないのか?」

「蘭さん……それは言わない約束でしょ」

(プルルル……プルルル)

「あ、電話だ。……もしもし……あ、いちご?どうしたの、こんな時間に……え?三人で?それ本気で言ってるの?……確かに、いちごが引退してからも、週に一回、三人でのレッスンはほとんど欠かしたことがないけれど……」

「おい、あおい、まさかいちごの奴……」

「あ、いちご、いま隣に蘭もいるんだ。ちょっと待ってね」

(ぴっ)

テーブルに置いたアイカツフォンからいちごの顔が浮かび上がる。

『じゃあ、蘭にも改めて。私たちソレイユは、あの子たちの前に立ちふさがる高い崖になります。……いいよね、あおい、蘭!』