AoiMoeのおはなし

アイカツロス症候群のリハビリ活動二次創作

いちご、結婚するってよ ~ エピローグ

いちごの居ない30回目の朝

「いちご、ほら、早く起きないと遅刻するよ」

「んー、あと5分……」

布団に潜って出てこない。

「ダメだって。今日は織姫学園長が大事な発表をするから、朝一番で講堂に集合しないと、でしょ」

「んー、でも、あおいだって、もうちょっと寝ていたいんじゃない?昨日遅くまで仕事だったんだから」

「だーめ。ほら、起きなさい!」

掛け布団をひっぺがす。

……ベッドの上には誰もいなかった。確かにいちごが寝ていたはずなのに……。

「ほら、あおい、早くしないと置いてくよ」

振り向くと、既に制服に着替えたいちごが、扉の前に立っていた。

「ま、待って、いま着替えるから」

「じゃあ、私、先に行ってるね」

「え、ちょっといちご……」

「じゃあね、あおい」

「待ってよ、ねえ、いちご、いちごぉぉぉ」

……

(ガバッ)

……夢……か……。

2

いちごが結婚するというニュースは、公表とともに瞬く間に世界中を駆け巡り、大きな話題となった。当初心配していたようなネガティブな反応はほとんど無く、世間はいちごの結婚を歓迎してくれた。それからの数ヶ月間を、私たちは目の回るような忙しさの中で過ごした。すべては、《大スター宮結婚記念ライブ》の準備のためだった。

そして、当日。いちごに縁のあるアイドルたちが久々に一同に会し、歌あり、ダンスあり、ドラマありの盛りだくさんのステージになった。そして、アンコールは、私たちソレイユの三人がウェディングドレスを着て歌った《カレンダーガール》。蘭は、

「結婚もしないのにウェディングドレスを着ると、行き遅れるって言うよな……」

と、ちょっと渋っていたけれど。でも、三人で着たかったんだもの……私が。プロデューサー権限でそこは押し通してしまった。……ともあれ、《大スター宮結婚記念ライブ》は大成功のうちに終わった。

その翌日、教会で正式な結婚式を挙げたいちごは、新郎と一緒に世界一周の新婚旅行へと出発したのだった。

3

それから一ヶ月。私たちも少し休暇モードのようになって、仕事の数を抑えていたが、さりとて完全なオフともいかず、昨日は夜遅くまでドラマの撮影があった。予定では、今日の朝、いちごは帰国することになっている。……でも、もうこの家には帰ってこない。

「10時か……」

今日の仕事は夕方からなので、もうちょっとゆっくり寝ていても良かったのだけれども、へんてこな夢を見たせいですっかり目が覚めてしまった。この期に及んでスターライト学園の頃の姿をした私たちの夢を見るなんて……。蘭の前で醜態を晒したことで吹っ切れたと思っていたのに、ダメだな、私。

いちごが結婚するということになって、懸案の一つとなったのが、この家の扱いだった。もともとこのマンションの一室は、三人で暮らすにも若干広めだったのだけれども、それが二人になっても大差ないだろうということで、そのまま蘭と二人で暮らすことになった。何よりも、ただでさえ忙しい二人が、あの目まぐるしいライブの準備の中、引っ越しを考える余裕も無かったし。同様の理由で、いちごの寝室も、当面はそのまま残すことになった。

4

(じゅーーーー……)

そんなことを回想していたら、どこからか、何かを焼いている音が聞こえてきた。次第に、ベーコンの焼け焦げる香ばしい良い匂いが、扉の隙間から漂ってきた。どうやら、蘭が朝食の準備でもしているみたいだ。私も起きるか。

(がちゃっ)

「蘭、おはよう。今日って朝早いんじゃなかったっけ?」

「おはよう、あおい。フフッヒ」

「フフッヒって……いちごーーー!?どうしたの、何でいちごがここにいるのよ!?」

「帰ってきたなう。ただいま、あおい」

「おかえり……って、そうじゃないでしょ。どうしてここに帰ってきてるのよ」

「それがね、さっき彼と一緒に空港に着いたんだけど、そうしたら、そこでうちのパパが二人分のトランクを抱えて待っててね。……急な仕事が入ったからって、彼と一緒に二人で、そのままアフリカ行きの飛行機に乗って、飛んでっちゃったんだ」

そう話しつつも、いちごは目を一瞬たりともフライパンから離すことなく、てきぱきと卵をボールに割り入れては、それを灼熱のベーコン大地の上へと広げていく。

「飛んでっちゃったんだ……って……」

いちごの結婚相手は、いちごのお父さん、つまり星宮太一さんの部下にあたる人だ。その縁で知り合いとなり、半年で婚約、一年で結婚という訳。

「今回の仕事も長いらしくて、一ヶ月以上帰ってこないらしいんだ。パパったら『すまんいちご、新婚なのに旦那をちょっと借りていくけど許してくれ』って」

「はあ……」

卵を4つほどフライパンに放り込んだ後、蓋をして、やっといちごは私の方に視線を移す。

「それでね、どうせ新居の方に戻っても一人で寂しいし、実家の方は、らいちのアイドルコレクションがいっぱいで私の居場所がないから、彼が仕事の都合で長期不在の時はこの家に戻ってくることにするって、蘭に言っておいたんだけど、あおい、聞いてない?」

「えっ?全然聞いてないよ……」

「おっかしいなあ、蘭ったら、いつもは見せないようないい笑顔で『じゃあ、あおいにはあたしから言っておくよ。二人とも忙しいからほとんど話してる時間ないだろ』って言ってたのに」

……さては蘭め、この状況を予測して、あえて黙っていたな。

「でも、いいの、いちご?結婚してすぐに離ればなれなんて、ちょっとひどくない?」

「んー……。ほら、うちって、パパがもともとそういう感じでずっと家を空けてたでしょ?でも、パパが戻ってくれば、パパもママも幸せそうだったし、私もずっと、そういうもんかなーって思ってたから、私にとってはむしろそれが普通の幸せな夫婦の形なのかも、って思うんだ」

「そっか。……まあ、夫婦の形なんて人それぞれかもしれないわね」

「うんうん、これもまた結婚生活だね。……さてと、そろそろいいかな」

フライパンの蓋を取ると、もわっと湯気が上がって、その奥から半熟に焼きあがった目玉焼きが姿を現した。同時に、トースターから二つの食パンが頭を見せる。

「あおい、パンのほうをお願い」

「オーケー」

一枚ずつ取り出してはバターを塗ってバスケットに乗せてゆく。そうしているうちに、いちごは目玉焼きを二等分にしてお皿に盛り付けていた。

「朝からずっと何も食べてなくてさ、もうお腹ペコペコ」

例のダイニングテーブルに向かい合わせで座る私たち。

「というわけで、改めて、ただいま、あおい。これからもよろしくね」

……

「……って、あおい、泣いてるの?何で?」

「……だってさ、手のかかる子供がやっと結婚して巣立っていったと思ってたのに、すぐに出戻ってきちゃったら、もう泣くしかないじゃない」

精一杯、笑顔を作って、そんな憎まれ口を叩いてみる。

「もう、あおいったらひどいなあ。出戻りじゃないし。さあ、冷める前に食べちゃおうよ」

「うん。……おかえり、いちご」

「……ただいま」

星宮いちご、結婚します! ~ 幕間劇③

星宮いちご、結婚します! ~ 神崎美月編 - AoiMoeのおはなしの続きだよ。

レッスンの後で

「ふう……今日はここまでにしましょうか」

「そうだね。おつかれ、美月」

「おつかれさま、みくる」

いちごちゃんたちが帰っていってから、あたしたち二人も日常に帰ってきて、今この時までWMのレッスンを続けていた。もう日もとっぷりと暮れてしまってる。

「それにしても、いちごちゃんにはビックリだね」

「ええ。……でも、何かそれも、いちごらしいじゃない」

「そうだねー。……そうだ、あたし、まだ美月にも話したことがない目標が一つあるんだ」

「何かしら」

「それはね……30歳までに結婚する!」

「あら、意外、みくるにも結婚願望があったのね」

「えー、ひどいー、あたしだって、綺麗な花嫁さんに憧れる、乙女な一面があるんだからー」

「うんうん、みくるは乙女よね」

「なーんか引っかかるなあ……。でも、もし、30歳までに結婚できなかったら……」

「できなかったら?」

「美月、あたしのこと、一生養って!」

 

星宮いちご、結婚します! ~ 神崎美月編

潮の香りに包まれて

「お待たせしました、ワッフル10個です」

「うん、ありがとう!」

「いつもありがとうございます」

「また来るねー」

いつものワッフル屋さんで差し入れを買って、すぐ隣の倉庫に入る。……見た目はタダの倉庫だけれども、ここに美月が事務所を構えてから、もう8年になる。

「ほのかっち、おっはよー」

「あら、みくる、今日は少し早いのね」

「うん、いつもより道が空いてて、配達が早く終わっちゃったから」

「美月も、もうすぐレッスンが終わると思うから、上がって待ってたら?」

「うん、そうするー」

階段を上って、二階のレッスンルームに向かう。

~♪

Take Me Higher》の最後のキメが聞こえてきた。どうやらトライスターのレッスンが終わったようだ。

(がちゃっ)

「やっほー、美月」

「みくる、おはよう。ちょうど今、レッスンが終わったところよ」

「かえでとユリカも久しぶりだね」

「Oh、みくる、元気してたー?」

「みくるさん、お久しぶりです」

「はい、これ差し入れー」

ワッフルの箱をテーブルに置いて展開する。

「わあ、いつもありがとう」

「二人も食べて食べて」

この後、休憩を挟んで、あたしと美月のユニット、WMのレッスンをすることになっている。美月は例によって忙しく世界中を飛び回っているので、二つのユニットのイベントが重なっている時には、こうして一日の間で続けてトライスターとWMのレッスンをすることも珍しくない。これが今のあたしたちの日常だ。

「さっきのターンはこうやって……」

休憩中に、美月がレッスンのダメ出しをするのも、いつものこと。

「美月、ここはもっとこうして……」

「あら、かえで、むしろそこはこうじゃなくって?」

美月の一年後輩のこの二人も、いまや頼もしくなって、美月にいろいろな提案をするようになったのも、いつものこと。

「もう、三人とも、レッスンは終わったんじゃないのー」

……でも、この日は、いつもと違うことが起こったんだ。

(がちゃっ)

「おつかれさまでーす」

そう言って入ってきたのは、星宮いちごちゃん。

「あら、いちご。ここに来るなんて珍しいわね」

「このタイミングなら、ちょうど美月さん、レッスンの合間の休憩時間だよって、あおいが教えてくれたんです」

恐るべし、霧矢あおいちゃんの情報網。

「実は、美月さんに報告がありまして……」

「あら、何かしら」

「私、こんど結婚するんです」

……

「「ええーーーー!?」」

少しの沈黙の後、ユリカとかえでの驚く声が重なった。

「結婚って、いちご、あなたいつのまに……」

「Marriage? Really?」

「うん、ホントホント」

二人に向けてニコニコするいちごちゃん。そして、目を丸くしながらそんな三人の様子を眺めていた美月は、

「驚いた……いちごにはいつも驚かされてばかりね」

と言って、少し微笑んだ。

「えへへ、やっぱり美月さんには直接報告したくて」

「こんな素敵なことはないわね。……それじゃ、改めて、いちご、おめでとう」

「Congratulations!」

「このユリカ様も祝福してあげないこともなくもなくもなくってよ」

「ほえー……いちごちゃん、おめでとうね」

若干状況に付いていけず、ちょっと間抜けな声を上げてしまった。

「みなさん、ありがとうございます」

深々とお辞儀をする。

「それで、いちご、結婚してもアイドルは続けていくんでしょ?」

「やっぱり分かっちゃいましたか。はい、これからも頑張ってアイカツしていきます」

「ふふっ。でも、結婚となると、いろいろと難しいこともあるんじゃないかしら」

「はい、織姫学園長からも同じことを言われました。でも……」

「どんな困難でも乗り越えていく……のよね。やっぱりいちごはそうじゃないとね」

「はいっ」

困難……。

「そうだ、いちごちゃんに良いものをあげる」

そういって、あたしはカバンの中から、大輪の青紫色の花を取り出した。

「これは……?」

「ムーンサファイア。カーネーションの一品種なんだけどね、青いカーネーションっていうのは本当に珍しいの。うちでは育ててないのだけれども、これで作ったブーケが欲しいってお客様がいたから切花を取り寄せたのよ。それで、一輪余ったから、このレッスンルームに飾ろうと思って持ってきたんだけど……。でも、これも運命だね。この花は、今のいちごちゃんにぴったり」

「というと?」

「青いカーネーションを咲かせる方法は、いくつかあるのだけど、どれもすごく難しいの。その困難を乗り越えて咲いたこの花に付けられた花言葉は《永遠の幸せ》。だから、これは結婚式のコサージュやブーケの定番なのよね。……ちょっと待っててね。じゃあ、みくるのミラクル、見せちゃおっかな」

道具箱を取り出して、花を加工する。

「……さてと、こんなもんかな……」

5分ほどで、髪飾りに仕立て上げた。

「いちごちゃん、こっちに来て」

右のこめかみの少し後ろ側に取り付けてみる。

「Amazing……」

「すてき……」

興味津々といった表情で眺めるかえでとユリカ。

「うん、こんなもんかな」

 我ながらよくできたかも。

「うわあ……」

レッスンルームの姿見で、自分の姿を確認したいちごちゃん。

「こんな素敵なプレゼント、本当にありがとうございます」

「いやあ、喜んでくれて、うれしいなあ」

この瞬間のために、あたしはお花屋さんをやっているんだと、改めて実感した。

「ねえねえStrawberry、それで、どんな人と結婚するの?みんな知ってる人?」

「んー、一般のサラリーマンだから、今度みんなにも紹介するね」

「いちご、そんな人とどこで知り合ったのよ。教えないと、血を吸うわよー」

「きゃーーーー」

……と、そんな感じで、楽しい休憩時間になりましたとさ。

 

星宮いちご、結婚します! ~ 幕間劇②

星宮いちご、結婚します! ~ 学園長室にて - AoiMoeのおはなしの続きだよ。

学園長室にて~その後

いちごたちが報告と打ち合わせを終えて帰った後の学園長室。

「それにしても学園マザー、こんなに早くスター宮が結婚するなんて、予想外でしたね」

「そうね。……とはいえ、星宮がスターライト学園に編入してきてから、もう10年にもなるのね」

「月日が経つのは早いものです、YEAH!」

「その間、星宮たちや大空たちのような幾多のトップアイドルを育てることができて、私たちは本当に幸運だった。途中、ライバル校としてドリームアカデミーが設立されたり、必ずしも順風満帆とは言えなかったけれど……」

「あれえ、どうしたんですか学園マザー、これからも我々は新しいアイドルを育てていかないといけないんですから、過去を振り返るのはまだまだ早いでしょう?」

「ふふ、そうね」

「それに、そのうちスター宮にも子供ができるでしょうし、もしその子が女の子なら、きっとこのスターライト学園に入学してくるでしょう。……想像してみてください、その子がスター宮と同じくトップアイドルを目指すところを」

「確かに、それは霧矢先生が言うところの穏やかじゃない夢ね」

「はい。……でも、考えてみると、スター宮はミヤさんの娘で、つまりはアイドル・マスカレードの娘とも言える訳だ。ということはスター宮の娘は……」

「……別府先生(ギロリ)」

「わーーー、ごめんなさいごめんなさい学園グランマ!」

「もうっ。……まあ、それはまだ先のことではあるでしょうけど、でも、楽しみね」

「全くです」

「じゃあ、それまでの間、私たちは新しいアイドルたち、それに……」

「新しい指導者も育てていかないといけない、でしょ?学園マザー」

「ええ」

星宮いちご、結婚します! ~ 幕間劇①

星宮いちご、結婚します! ~ 大空あかり編 - AoiMoeのおはなしの続きだよ。

あかりちゃんちから帰った日のこと

「そういえば、さっき、あかりちゃんちに行って来たんだけどね、あかり、大学でも頑張ってるみたいだったよ」

「気象学だっけ……理系は大変そうだなぁ」

「あおいも大学行ってたけど、文系だったもんね」

「文系だって大変といえば大変だったけどね。特に、私たちみたいに、忙しい仕事の合間に大学に通うのは、本当に大変。でも、理系の子たちは大学に通うだけでも大変そうだもん。それに、周りは男の子ばっかりで、あんまり女の子いないみたいだし」

「そういえば、あかりもそんなこと言ってたなー。男の子たちはあかりがアイドルだって気づいてないみたいで、あんまり話しかけてこないって言ってたよ」

「……あのね、いちご」

「ん?」

「それは、気づいてないんじゃなくて、気づいてるけど高嶺の花だと思って話しかけることができないだけだから」

「えっ、そうなの?」

「うーん、そっかー。いちごはしょうがないとしても、あかりちゃんも、しっかりしているようで、けっこう天然なところがあるもんなぁ……」

「むー」

「理系の男の子たちは、そういうもんよ」

悲しいなあ……。

星宮いちご、結婚します! ~ 学園長室にて

学園長室にて

(コンコン)

「失礼しまーす」

(ガチャッ)

「……あら、星宮、久しぶりね、いらっしゃい」

「織姫学園長、ご無沙汰してます」

織姫学園長とは現場でよく会うものの、この学園長室に来るのは卒業して以来かもしれないな。

「OH! スター宮ハニー、聞いたぞ、霧矢ハニーから」

「別府先生、もう『霧矢ハニー』は無いんじゃないかしら」

「おっと、そうでした学園マザー」

「まあそれは置いといて……。星宮、今日はその件で来たのよね」

「はい……すみません、本当なら私から直接お伝えしないといけなかったのに」

「いいのよ。星宮も忙しい身なのだし、状況判断としてはむしろ適切だった思うわ。気にしないで」

この前、あおいと蘭に結婚の報告をした後、急に地方ロケが入ってしまい、織姫学園長との面会のスケジュール調整が付かなかったのだけれども、そのことをあおいに相談したら、

「こういうことは、とりいそぎ耳に入れておくことが重要だと思うの。学園長にはひとまず私から伝えておくから、いちごは後日報告に行くようにね」

という話になったので、今日こうして学園長室に来ることになった。

「という訳で、改めまして、星宮いちご、このたび結婚することになりました」

深々とおじぎをする。

「おめでとう。でも、ちょっと急でびっくりしたわよ」

「私も自分でちょっとびっくりしています」

「スター宮ハニーは、昔から直感で動くタイプだったからな、YEAH。今回もビビッと来たのか?」

「はい、ビビッと来ちゃいました」

「ふふ……日程的にあまり余裕はないけれど、その辺の調整はおいおいするとして……」

「はい」

「星宮、私が以前、あなたたちに言ったことを覚えているかしら?」

「ええと……アイドルと恋愛について、ですよね」

「そう。あの時も言ったけれど、私は、アイドルが恋愛しても構わないと思っているわ。でも、あなたのフアンの中には、それを悲しんで、離れていってしまう人もいるかもしれない。星宮、あなたにはその覚悟ができているかしら?」

「はい。……実は、ここに来る前、ずっとそのことを考えていました」

「あなたの考えを聞かせて頂戴」

「……確かに、悲しませてしまうファンや、離れていってしまうファンの方がいるのならば、それは私としても辛いことです。ですが、一方で、結婚することによって、一歩成長した、一味違う星宮いちごを見せられれば、そのことによって、ファンのみんなにも、改めて元気をあげられると思うんです」

「あなたはただのアイドルではなくて、トップアイドル。それがそんなに簡単なことではない、ということは、ちゃんと理解しているわよね?」

「はい……。でも、いつもそうやって、難しいことを乗り越えて来ましたから、今回もきっと、大丈夫です。それに、私は、いつも一人ではありませんでしたから」

「ふふ。……そうね。あなたの周りには、自然と人が集まってくる。あなたのことを応援したいって人が。……私も含めてね」

「OH!もちろんこのジョニー別府もだぜ、YEAH!」

「ありがとうございます、織姫学園長、ジョニー先生」

(コンコン)

「失礼します」

そう言って入ってきたのは、あおいと涼川さん……じゃなくて、涼川先生だった。

「あら、霧矢先生、今日は授業のある日だったかしら?」

「いえ、今日はいちごの件で同席しようと」

あおいは今、このスターライト学園で先生をやっている。といっても、アイドルの仕事もあるので、週2回だけ、……えーと、なんだっけ、ちゃぶだい教員だっけ……

「コホン……嘱託教員ね」

私の心の声にツッコんでくれるあおい、さすが!……というわけで、嘱託教員として、後輩の指導をしている。ドラマにバラエティに歌に大活躍、今やトップアイドルの一員となっているあおいが実践的な指導をしてくれるということで、在校生には非常に評判がいいらしい。

「それにしても、あの星宮が、こんなに早く結婚するなんてな。とりあえず、おめでとうな」

「ありがとうございます、涼川先生」

「じゃ、久々に星宮の顔も見られたし、おめでとうも言ったので、俺は教室に戻るから」

わざわざそれを言いに来てくれたらしい。

「さて、じゃあ霧矢先生も来たことだし、この後の日程について、話し合いましょうか」

「はい!」

「まずは……」

 

星宮いちご、結婚します! ~ 大空あかり編

ここからは、前回(いちご、結婚するってよ - AoiMoeのおはなし)の落穂拾い的な奴。星宮先輩がいろんな人のところに結婚の報告に行く体です。

大空あかり編

(ピンポーン)

「……はーい、って、星宮先輩?」

インターフォンごしに馴染みのある声が聞こえてくる。

「夜分遅くごめんね、ちょっとお話があるんだけど……」

「ちょ、ちょっと待ってください、今開けますね」

(パタパタパタ、ガチャ)

「星宮先輩、こんばんは」

「こんばんは。こんな夜遅くに悪いんだけど、いま、ちょっと時間あるかな?」

「ええ、この後はもう、お風呂にでも入って寝るだけですから。あ、玄関先で立ち話も何ですから、上がってください」

「ごめんねー、じゃあちょっとお邪魔しまーす」

スリッパを勧められ、パタパタと歩いてリビングに案内される。

「じゃあ、今お茶を入れますんで、そこに座っていてください」

「おかまいなくー」

しばらくして、ティーセットを持ったあかりが戻って来た。

「お待たせしました」

「ありがとうね。この部屋に来るのも久しぶりだなー。そういえば、今日はスミレちゃんは?」

「えーと、お仕事で遅くなるみたいで。慣れない仕事で大変みたいです」

ポットやカップを並べながら答える。

「あー、もしかして、例の『氷上スミレ、声優初挑戦!』って奴?」

「はい、それです。やっぱり、普通のお芝居なんかとは勝手が違うらしくて、何度もリテイクを食らってしまうみたいで。毎回遅くまで収録してますね」

「私もあのアニメの第一話を見てみたけど、それにしても、あの役、スミレちゃんにバッチリはまってるよね。元はお金持ちのお嬢様で、今は没落してしまったものの、いかにもお嬢様って感じの上品な話し方が、スミレちゃんにぴったり」

「見た目も、紫髪で、長髪のストレート、そして前髪パッツンですもんね」

「ああいうの、姫カットって言うらしいよ」

「へー、そうなんですね。そういえば、スターライト学園で出会った最初のころ、スミレちゃんも……」

という感じで、しばらく他愛もない雑談をしていた。

「ところで、星宮先輩のお話って……」

「ああそうそう、ごめんね、長々と関係のない話をしてしまって」

「いえ、私も楽しいですから」

「実はね、このたび、わたくし、星宮いちごは、晴れて結婚することとなりました」

……一瞬の沈黙。

「え、ええーーーーーーーーーー!!??」

例の大げさな驚き方をするあかり。

「もう、あかりは大げさだなあ」

「け、結婚ですか。それはまた急な……」

「うん。まだ出会って半年くらいなんだけど、結婚するならこの人だなーって思っちゃって」

「す、すごいですね……」

「まあ、みんなすごく驚くよね。驚かなかったのはうちのママくらい」

「でも、すごく星宮先輩らしくていいと思います!」

「ありがとね。やっぱりこの話は、あかりには直接話したくって、こうして今日はお邪魔したんだ」

ちなみに、あかりの家は私たちの家の下の階にある一室で、スミレちゃんと一緒に暮らしてる。私たちソレイユが卒業後にルームシェアをしたら、その話が学園中に広がってしまって、今では卒業後に同じようにルームシェアをする子たちが増えちゃった。これもまた伝統。このマンションはスターライト学園の隣接地にある一棟で、私たち以外にも多くの学園出身者が住んでいるので、巷ではアイカツマンションって言われてるらしい。

「そう言っていただけるとうれしいです。それで、星宮先輩、お相手の方はどういう?」

「まあその話はおいおいするとして……それにしてもあかり、また私のこと『星宮先輩』って呼んでる」

「だ、だって、あれは期間限定のユニットだったので、呼称も期間限定かなと……先輩は先輩ですし、呼び捨てにするのは気まずいというか……」

「えー、よそよそしいよー、ちゃんと『いちご』って呼んでよー」

「す、すみません、じゃあ失礼して……いちご!」

「うんうん、そうじゃないと」

「うう……」

でも、《紫色の視線》が怖いから、「星宮先輩」でもいいか……。

「え、何か言いました?」

「ううん何でもない。そういえば、最近、大学の方はどう?」

「ええ、お仕事との両立は大変ですけど、頑張ってやってます。どんなことにも一生懸命頑張るのが、私のとりえですから」

「そっかー。私は大学には行ってないからなあ。うちのあおいも大学に通ってたけど、やっぱりレポートとか多くて大変そうだったもんなー」

「そうなんですよぉ。それに私は理系なので、実験やら演習やら、そういう実際に手を動かさないといけない授業も多くて」

「お天気の勉強だっけ?」

「ええ。正確には地球惑星物理学科って言うんですけど」

「すごいよねー、私には、もうその名前からしてチンプンカンプン」

「えへへ……都内には、他にあんまり気象の勉強ができる大学が無かったのと、パパが務めている大学でもあったので、すごく頑張って入試勉強して、かなり無理して入りました」

「理系だと、やっぱり周りは男の子ばっかり?」

「ええ、まあ、気象関係は女の子もそれなりには居るんですけど、やっぱり圧倒的に多いのは男の子ですね。スミレちゃんにも『いい、あかりちゃん、あなたはアイドルなんだから、周りの男の子たちには気を抜かずに注意するのよ!』って言われました」

「うははは」

「でも、意外と男の子たちはみんな私がアイドルだと気が付いてないみたいで、あんまり話したことはないです。女の子たちとは普通に仲良くなってますけど」

「そっかー。……そうだ、男の子といえば、あかりにはそういうの無いの?」

「えっ、そういうのって……」

「もちろん、好きな男の人とか、いないの?……って話」

「えー、居ませんよ、そんな人」

みるみるあかりの顔が赤くなる。

「ふーん。……じゃあ、瀬名さんとかどうなの?」

ボッ、と音を立てて、あかりの頭から湯気が出た……ような気がした。

「い、いえ、瀬名さんとは普通にお仕事上の関係で全然そんな感じじゃ……」

「えー、そうかなあ……。そういえば、こないだお仕事の打ち合わせで、天羽さんと一緒にドリーミーロッジに行ったんだけどね」

「はい……」

うつむきつつ上目づかいにこっちを見てくるあかり、ちょっと可愛い。

「その時、瀬名さんの作業机の上をチラッと見たら、あかりの写真が飾ってあって」

「……ええーーーーーーーーー!!!!」

また例の大げさな驚き方をするあかり。

「だから、瀬名さんも、その、まんざらでもないんじゃないかなあ、って思ってたんだけど」

「そそそそそそ、そんな……た、多分仕事の参考に見ていただけなんじゃ……」

「えー、でも、仕事の参考に、私服で満面の笑顔のあかりの写真を飾ったりするかなあ」

「……瀬名さん……」

「その感じだと、あかりもまんざらでもない感じだね」

「……うーーー……」

「それじゃあ、わたくし、星宮いちごが、一肌脱いで、恋の指南でも……」

(がちゃっ)

「ただいま帰りましたわ。ふう、今日も一日大変でしたわ。あら、あかりさん、誰かお客様ですの?」

「あっ、スミレちゃん、お帰りー。今ね、星宮先輩が来てるんだ」

「スミレちゃん、おじゃましてまーす」

「あっ、いちご様でしたか、このところ御無沙汰していて申し訳ありません」

「……スミレちゃん、何か話し方がおかしいよ」

「……あっ、ごめんあかりちゃん、つい、さっきまでやってたお芝居のしゃべり方が出ちゃって。星宮先輩もすみません」

「んもー」

「フフッヒ」

「それでね、スミレちゃん、今度、星宮先輩がねー」

「あ、あかりちゃん、その話は私から直接……」

こうして夜は更けていった。